精神分析のススメ

1970年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざす狂気専門家のブログです。

【ゴールデンカムイ】戦争の狂気その1:男児の「傷」

ゴールデンカムイ無料公開してたので読みました。

 

「Man(男・人間)」であることの葛藤と

戦争という「狂気」の描写のエゲツなさに

 

スゲー…

 

ってなる漫画でした。

 

ガチ精神分析*1解釈してみます。

 

精神分析の「テクニック」の一つとして

セッションの始まりは「葛藤」を如実に露呈する。

というのがアリます。

 

「始まり」に集中しますが

ネタバレがイヤな方はお引取り下さい。

 

「お話」の解釈に入る前に

精神分析理論のご紹介をざっくりさせて頂きます。

 

19世紀末期の精神分析の始祖

貞操を重んじるヴィクトリアンな

ウィーン在住ユダヤ人だった

フロイト教授は

理想の「こうありたい自分」

現実の「ダメな自分」の乖離に苛まれる

神経症(今で云う「うつ」)の患者さんを

診ていたせいか

「男根」(=父)至上主義で

男女の別なく Man (人)は

理想のてぃん(=「父」)を求める

とお考えになられていました。

 

女児は(「父」の)てぃんが欲しいが故

男根羨望に苛まれ

自己実現した「人(Man)」にはなりえない

みたいな(いらんで)事言って

後のフェミニストフルボッコにされる

憂き目に遭ったりもしておられます。*2

 

精神分析が盛んになったのには

イイお年頃のご子息が

ちゃんと仕事も結婚もできない事に焦った

裕福なご両親が

うちのニートをどーにかしてくれ

精神分析家に頼み込んだ

という背景がございます。*3

 

フロイト教授の評判が盛り上がってくると

やんちゃすぎて皆がお手上げな*4

幼いお子様の精神分析

盛んになってきます。

 

子供は夢を思い出したり

自由連想する訳ではなく

遊戯療法といって

アソビを分析してもらいます。

 

そんな手のつけられない困ったちゃんなお子様達を

重点的に治療したクライン女史は

 

「いや、待て。

青年期以降のイイオトナは

己のてぃんにがっかりもして

「理想」のパパのてぃんを求めたりもするだろうが

幼い子供は

断然てぃん(パパ)以前におっぱい(ママ)が欲しいやろ」

 

おっぱい理論を提唱し始めます。*5

 

クライン女史のおっぱい理論の正式名は格調高く

British Object Relations theory「英国対象関係論」です。

 

リビドー(欲動)の充足を求める

「自我」の3重構造*6に注目した

フロイト教授の「欲動理論」に対して

クライン女史の理論は

自我があやふやな嬰児のリビドー(欲動)は

「おっぱい」という

「対象」を求めるモノである

「自我」と「対象」の「関係」に注目したため

「対象関係論」という

ご大層な名前がついてます。

 

「対象」には

ざっくり分けて

快と紐づけされた「良い」対象(=おっぱい)と

不快と紐づけされた「悪い」対象(=おっぱい)

の2種類がアリます。

 

乳幼児の内的現実において

快楽や充足、安心と紐付けされた

「よいおっぱい」が「ない」状態は

飢餓や死の恐怖、憤りと紐付けされます。

 

が故

 

「そこにない」おっぱい(母)は

「悪いおっぱい」であるという幻想と

規制心ない攻撃衝動を育む。

 

というのが

クライン女史のおっぱい理論の

根幹です。

 

ゴールデンカムイの「お話」は

ヒーローである杉元が

戦場のトラウマを回想するシーンで始まります。

 

杉元の戦場での「傷」が

極限の状態で蟻を喰う*7「飢餓」であり

それに伴う「自己規制の喪失」としての「暴力」である

ということが示唆されます。

 

「飢餓」は

「母の喪失」という「原初的傷」であり

彼の「戦い」が根源的には「飢餓」*8

母子分離の死の恐怖に根ざすものであることを示唆します。

 

公式のコピーに

狩る!食べる!戦う!

とありますが

飢餓のトラウマと戦い

生きるために「狩る」ヒーローを描く上で

「食」が重視されるのも

合点がいきます。*9

 

戦争のトラウマ回想から

彼を「現実」に引き戻すのは

飲んだくれた男です。

 

「気に入らない」上官を半殺しにして

不名誉な除隊となった杉元を「気に入った」男は

酔ったイキオイで一攫千金の秘密を明かします。*10

 

酒呑みの与太話と

とりあわない杉元の心は

再び戦場に戻ります。

 

腹を割った戦友との会話は

杉元が

放って置けば失明する初恋の相手の目を治す為

北海道に金を摂りに来た

という「目的」を明かします。

 

幼馴染で恋敵だった親友との会話は

文字通り

友の腹わたが引きずり出されるグロテスクな悪夢となり*11

夢から醒めた杉元の目の前には

泥酔から醒めた男の銃口が突きつけられます。

 

「不死身」の杉元は

たやすく男の銃を取り上げ

彼は再び

自分が「殺るか殺られるか」の

「戦場」に追い込まれた事になります。

 

 

あっけなくも

男は羆に殺され

杉元の「殺らねばならない」対象は

「男(人)」ではなく「動物」になります。

 

襲いかかる危険な「自然」が

災いなすモノに「天罰」を与え

Man(人・男)を Moral dilemma(倫理葛藤)から

解放してくれる*12という展開は

自然至高な日本的倫理(宗教)感覚が表れていて

興味深いと思います。

 

羆を倒して杉元を救うアイヌの少女は

人を殺したウェンカムイは地獄に落ちる

と「人殺し」の罪を説きます。

 

目の前の男を殺さずに済んだ

とは云え

戦場で殺戮に明け暮れた杉元は

自分を救ってくれた少女に

人を殺したモノは地獄に落ちる

という

己の「倫理の破綻」を突きつけられます。

 

少女が

杉元の「人殺し」の罪を

「見てみないフリ」をして

「兵士なら戦え。弱者は喰われる。」

と彼が「強い」かどうか試すのは

大変興味深いトコロです。

 

過去の罪は「水に流す」日本的とも云えましょう。

 

「戦い」に「勝つ」スキルとルールを

「息子」に与え「試す」のは

欧米では断然「父の役割」ですが

ゴールデンカムイ」のお話では

「自然」に生きる

無垢なアイヌの「少女」です。

 

杉元は友との最期の「約束」のため

アイヌの少女は父の「仇」のため*13

黄金を見つける仲間となり

杉元は再び

金の為に人間を「狩る」戦争に参加することになります。

 

「裏切り」と「人殺し」の地獄のお話な

ゴールデンカムイ」では

「男(人間)」はどんなに魅力的でも

「気に入られて」親しくなっても

決して信頼できない危険な「罪人」なのに

自然と共存する「少女」だけは

「人を殺さない」「裏切らない」絶対的な信頼に値する

「理想的」な存在です。

 

「父」の教えを受け継いだ

「少女」の「強さ」とは

羆に「負けない」強さであり

狼に愛され守られる「徳」です。

 

羆も狼も「自然」ですが

狼は「父」の象徴でもあります。

 

「父」とは子供に獰猛に襲いかかる 

Nature(自然・本能)から

子供を「護るモノ」である。

と云えましょう。

 

人(男)を喰う羆が

子熊を喰らう描写からも

「真の敵」が「母」ではなく

自然の摂理に従って冬眠できない

「父」になり損なったオスである事が

伺えます。

 

ゴールデンカムイ

杉元(息子)が

「子供」を裏切り襲いかかる

「父」のトラウマ(傷)を克服する

日本的「エディプス譚」と云えましょう。

 

自分の王国(居場所)を築く為に*14

「知らない」とは云え「父」を殺し

「母」と交じわる「罪」を犯したエディプスは

「知った」瞬間

罪悪感に慄き

己の目を潰して流浪の旅に出ますが

「罪人」は追手によって「狩られ」皮を剥がれる

という凄惨な物語を現代の日本人が求めている。*15

というのも…大変悲痛な事だ。

と私的には思います。

 

ゴールデンカムイ」が大団円迎えておめでたい

ということで

「続き」書きました。

 

neofreudian.hatenablog.com

 

 

neofreudian.hatenablog.com

 

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*1:ガチフロイディアン解釈は「普通」は「エディプス葛藤」の解釈、つまりはママと性交したい男児の父を殺したい欲動が故の「罪悪感」を読み取りますが…今回はフロイトの後継者目指したクライン女史の理論に則ります。

因みに「私的」エディプス譚の「解釈」はこちらです。

 

neofreudian.hatenablog.com

 

*2:絶賛私的フロイト教授像です

*3:それだけじゃありませんが…

*4:やんちゃ…と云っても、キレるグレる反社なお子様達よりは寧ろ、うんちが出なくて困るとか毎晩おねしょで大変とか親離れしないでメソメソする…みたいな細部にこだわる「神経症」な良い子及び今で云うASD学習障害発達障害ケースが大半…だと思います…しらんけど

*5:彼女いわく Libido「欲動」の Primary Object「原初的対象」はてぃんではなくおっぱいってことです。ので、てぃんもおっぱいの象徴って事になる…らしい…私的にはいや、それは別モノでエエんちゃうか…?ってなりますが…

*6:イド、エゴ、超自我ってヤツですわ

*7:ハンターハンターのキメラアントの「母」を彷彿として興味深いです

*8:第100話で「胎内回帰」よろしく鹿の生皮に杉元と一緒にくるまるヒロインが「杉元も(故郷の)干し柿を食べたら戦争に行く前の杉元に戻れるのかな」と言ってますね

*9:男たちにドロッとした脳みそやチタタプをスプーンで喰わせる「少女」は離乳食を与える「母」だよなーってなります

*10:憎悪するモノが一緒だから「一致団結する」のが戦争の定番ですが…迫害妄想に駆られる境界例…じゃなくて複雑性PTSDの「憎悪」に愛着する人間関係構築手段でもアリます

*11:後の鶴見中尉にも顕著ですが腹を割った男同士の親密な会話が死の恐怖を伴う危険なモノである事を示唆します

*12:かなり「都合が良い」お話ですが…

*13:父を殺し犯罪者の皮を剥ぐ邪悪な「のっぺらぼう」が…実は…ってのもエグい話ですが…

*14:自分の王国を築くというのは母子分離及び自己実現の「象徴」であり、杉元と同じく感染症で家族を失った海賊房太郎や「少女」の父ロシアの少数民族ウィルクの「目的」でもあります

*15:カネの為には自然を破壊して他人を殺さないと自分が殺られる地獄なジャパンだから。ってことでしょうかね