精神分析のススメ

しがないメンヘル職人です。70年代のNYCを風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざしております。

【資生堂のダルちゃん】ダルダルな自分を受け入れるということ

ダルちゃん、終わってしまいました…

 

がっかり…というか…寂しいというか…

 

微妙なトコロですが

 

ああ、やっぱりそこに落としたか…

 

って感じです。

 

ダルちゃんシリーズの最初の記事で、

【資生堂のダルちゃん】 擬態 と 自己愛の欠如 - 精神分析のススメ

ダルちゃんは自己肯定感のない人説

を説きましたが…

この記事で

【資生堂のダルちゃん】 愛し 愛される幸せの 奇跡 - 精神分析のススメ

あ、やっぱ、ちょっと違ったかな(*ノω・*)テヘ

と撤回致しました…

 

ダルダル星人の比喩は実は

「ふつーじゃない」自分に対する

自己否定感を表すモノではなく

母なるモノから分離し自我を確立し得なかった

「未分化な自我」

を表していたのでは…

 

というコトで落ち着いていたのですが

 

最終回に至る流れを見るにつけ…

 

母なるものからの分離を果たせず

父なる理想を見失った

「未分化」な自我のお話

 

という印象を受けます。

 

この回で

「ダルちゃん」第44話 | ダルちゃん | 花椿 HANATSUBAKI | 資生堂

ダルちゃんは

サトウさんの彼が「堂々と」ダルダル星人でいるトコロを見て

「だってそんなの普通じゃない」

と激昂します。

 

普通じゃないから

いつも何かになりきらなきゃ

と感じて「頑張っている」人が

ダルダルでいられる「他者」に怒り、攻撃的になるのは

至極当然なことです。

 

だって、自分に許し得ないことを

他人が平気でしているのですから…

 

「何かに」ならなきゃ…

と頑張る人達は*1

「普通」は「自己否定感」の強さ故

忌避する「ありのままの自分」を否定するあまり

他者に「否定した自分」を「投影」し、

思う存分攻撃します

 

45話でダルちゃんが分解してしまうのは

コウダさんは自分と「同じ」ダルダル星人で

彼を攻撃することは

自分を攻撃することでもある

というコトに気づいてしまった

ダルちゃんの

自我の崩壊

が描かれている

と感じます

 

私にとって

ダルちゃんのお話で唯一モノ足りない

トコロがあるとすれば

ここの部分です。

 

「古い自我の崩壊」は一筋縄ではイキません

少なくとも心理療法の現場では…

 

愛するモノを守るために

攻撃性を圧し殺し

拒絶され、否定される

イタミから自分を守るため

頑張ってきた「古い自我」は強固です。

 

いままで、頑張ってきた自分を手放すのは

とてもコワイことです。

 

責めたい気持ち、

「私はあなたとは違う!」

と声を上げたい気持ち

どうしようもない怒りの感情に

どうしても翻弄されてしまうものです。

 

共感する立場のセラピストも

その怒りを前にして冷静に

「存在しないまぼろしを幸福の鍵だと思ってはいけない」

等と「解釈」できなくなってしまうことも

ママあります。

 

又、そんな「解釈」が更なる怒りを呼び起こすことも

ママあります。

 

ところが

 

場面はあっさりと変わり

46話のダルちゃんは

詩作に没頭しています

 

自己破壊のイタミを創作で昇華し

自分を刷新する

ダルちゃんは

理想的な「被分析家」と言えましょう

 

ママ(もどきヒロセさん)から拒絶された

トラウマを克服し

「分離」を果たし、

「自我」を確立するには

外界への興味関心

「発達」の方向性を指し示す「父親的」ナニかが必要です

 

ダルちゃんに

「普通であることは幻想でしかない」

と教示し、

ダルちゃんを「古い自分」の価値観から解き放つモノが

もう一人の「母」的存在であるサトウさんの恋人である

定石ならば、

抗い難い魅力を感じるか

徹底的に憎む対象となる筈なのですが

ダルちゃんにとっては「母」にくっついてる付属品にすぎない

扱いなのは

「父親不在」と言われる日本人の内的世界を象徴する

という点から大変興味深いトコロです。

 

女児にとって「父」なるものは

「母」に属し

自分には手に入らないモノである

 

そのことの絶望感を象徴するかのように

ダルちゃんは

理想の「父」になりえない

ヒロセさんと決別する決心を固め

サトウさんを心から祝福し

コウダさんを(母なるモノの)パートナーとして

無条件に受け入れます

 

「理想」としての「父」を「求めない」選択は

「自我」を確立することを放棄することでもあるハズなのに…

 

ダルちゃんのお話は

喪失感と諦観

すなわち

終わりのない鬱

で終わりを迎えた

と私には感じられます

 

それは期待することを諦め

裏切られることを拒否し

心穏やかに

ダルダルと、フルフルと

生きる決意なのかもしれません

 

このお話に共感する日本の皆様には

「理想の父」を回復することに

ウィニコット様の言われる

【資生堂のダルちゃん】 母親に否定されるということ - 精神分析のススメ

「本当の自分」を取り戻し

自己実現を果たす

物語のハッピーエンドの鍵があるのでは…

と申し上げたいトコロです

 

ダルちゃんシリーズ、これで10記事にもなりました…

楽しみにしていた連載が終わってしまって

寂しい…

 

*1:杉田水脈氏とか、そんな感じですね

自覚なく破壊力ありすぎな言葉の暴力を振るうトコロが…

炎上CM と 分かりやすい「正義」の欠如

しばらく前になってしまいましたが…

この記事の著者に、めっちょこカシコイーと、シビレてしまいました

finders.me

ブコメでも書きましたが、

今まで読んだ中で一番、「アメリカで今、起こっていること」が

うーん、納得!

できる描写だと思います。

 

ナイキの宣伝はターゲット層が熟考されているため

頭の固い白人層は怒って離脱してしまったものの、

スポーツ用品を買う大多数のマイノリティ+小金持ちリベラルな若者には

受け入れられる

上手な炎上だったが

牛乳石鹸とブレンディの宣伝は

獲得ターゲット層(=男性は石鹸もミルクコーヒーも買わない?)

を誤ったが為

下手な炎上と相成り、売上が落ちた。

という主旨で

うーむ!流石はマーケティングのプロ!

 

と唸らせる明晰な分析も素晴らしい。

 

とはいえ、ナイキの炎上と日本の炎上では、

ターゲット層を超えた根本的な「倫理」の取扱が

成功と失敗の分け目になったのでは…

と感じるので、書いてみます

 

ナイキの宣伝については、上記の記事に書かれているように

 

黒人差別問題に抵抗する選手を讃えるという

 

政治的に明確で「正義感」に訴える崇高なメッセージがあります

 

牛乳石鹸も、ブレンディも

世の中の矛盾や「建前」に肉薄する内容ではありながら

そこを切り崩したからといって

「すっきり」キレイに「正義」を感じられないトコロが

強烈なインパクトは与えられたものの

広告としては失敗した所以ではないか

と私には感じられます

 

私もしばらく前に3記事(!)にも渡って書きましたが

(そこまで思い入れていたとは…自分でもびっくりです)

牛乳石鹸で、「さ、洗い流そ。」では済まされない時。 - 精神分析のススメ

牛乳石鹸を嫌悪する人々は MBTI の F (感情型)なだけ? - 精神分析のススメ

牛乳石鹸と、父親不在 - 精神分析のススメ

 

この方が秀悦な分析でまとめられておられるように、

mistclast.hatenablog.com

 

牛乳石鹸の炎上案件は

 

お父さんも思うトコロあって、

父親として頑張ることに心を注げない

という…

乗り越えがたい葛藤を抱えているんだ…

という

このポスターもそうですが、

日常のストレスから

特に(意識的に)相手を憎悪する理由もなく

理不尽に他者を傷つけてしまう罪悪感を

キレイさっぱり洗い流しましょう

 

という

まあ

そんな、石鹸なんかで

ストレス洗い流すのは良いんですが

罪悪感まで、簡単に流しちゃって良いの?

 

と、何でも水に流しちゃう日本人としては、

男女を問わず

虐める側、虐められる側を問わず

意識に浮上させたくもない罪悪感を喚起されてしまうが故

微妙に「不愉快」なテーマです

 

マクベス夫人が血みどろの手を洗い流そうとしているトコロに

キティちゃん…はオランダ人なので…ポプ子等

日本人御用達のカワイイ(?)キャラが

「はい、牛乳石鹸なら、キレイになるよ!」

と石鹸を差し出すくらいなら、

皆そこまで居心地悪くはならなかったのではないでしょうか

 

ブレンディの宣伝は

私も観てギョっとしました…

日本の広告業界、トンガッてるなー

又々、この方の

日本の若者=畜牛*1

というメタファーを使って

自社イメージを「売った」点が炎上した所以

という分析に感激したので、貼っておきます

mistclast.hatenablog.com

 

卒牛式で…就職先ならぬ、就牛先が…

如何にもヤンキーな若牛は闘牛場に…

真面目そうな男牛も食肉産業に…

 

生き残れる牛は「エンターテイナー」でしかない…

 

究極的には

モノを生み、創り出すこと=(資本家に)搾取されること

にしかならない「資本主義」経済の歪みを

如実に描いていると感じます…

 

ブレンディのえげつない宣伝は

ユーチューバーになりたい

昨今の子供達の

ディストピアな世界観を

表現しているのではないでしょうか…

 

子供時代を卒業することで

男は食いつぶされ、女は性的に搾取される

という日本社会の歪みを風刺するモノだとしても…

凄惨なイメージがあまりにも生々しく想起されて…

最後の校長先生の好々爺オーラと相まって

もー、えげつない…としか言いようがない… 

 

牛乳石鹸も、ブレンディも…制作者の

ブランドのイメージを刷新し

商品を「売り込む」という表向きの意図は

失敗したけれど…

日本の近代化に伴う欺瞞*2や歪*3如実に…鋭く浮き彫りにした

「芸術作品」としては

ナイキの「わかりやすい正義」のプロパガンダに匹敵する

完成度の高いモノだと

私には感じられます 

*1:社畜って、この宣伝の後に流行った言葉なのでしょうか…

*2:罪は水に流してしまえば、OK!

それがダメならハラキリの美学がある!

的な…

原罪の重責に耐え忍ぶ欧米人にしてみたら理解不可能な

日本人独特な「倫理観の欠如」に対する受容的態度

*3:性愛も食もカネで買えるモノでしかなく

資本主義経済という冷酷なシステムに組み込まれた

「個人」は家畜と変わりない

汚い「父」なるモノへの失望 と 大人になれない僕ちゃん達【レペゼン地球のDJ社長】

ちょっと心配で…

老婆心丸出しで書いてます

 

レペゼン地球のDJ社長にゆる~くハマっている私です

 

7月だったかに、YoutubeのチャンネルがBANされて、

もーどの動画見たのかもわからなくなっているので

ざっくりとした印象ですが…

 

BANされても最速でチャンネル登録者数が増えてる、

やったー

みたいなお目出度いニュースが流れてきた後、

プレゼント企画をやっておられました

アヤシすぎる…

お金は一体どこから出てるんだろ…

と思ってたら、

今度は幕張メッセでイベントだそーです

彼、騙されて借金してるって話でしたよね…

トラウマの反復衝動にハマってそーで…

大丈夫…?

又、誰かに上手いこと騙されてない?

ってなります

 

彼の昔のチャンネルで、

女の子にお化粧をしてあげる

という動画があって

見るからに

虐待の闇がにじみ出てる女の子の顔を

おもちゃにしてる画像が

はっきり言って、めちゃくちゃ怖かった

自分の顔をめちゃくちゃにされて

只ひたすらニコニコ笑ってる

女の子も含めて

ホラーだと感じました

DJ社長が実際に犯罪者予備軍だとは思いませんが

コンクリート詰め殺人事件の犯人が暴行事件を起こしたニュースを

ちょっと前に見ました

 

あの事件を起こした子供達も

きっとこのノリで被害者をおもちゃにして

エスカレートしていったのだろーな

と思ったら

彼の動画を無批判に楽しく閲覧できる人が

沢山(イイね千超えてたと思います…)いるという事実が

めちゃくちゃコワくなりました

 

DJ社長の底抜けの明るさと子供じみた大盤振る舞いには

痛烈な自己否定感と残虐な暴力性

が潜みます

 

自分でもきっと分かってはいるのでしょうが

それにしても酒飲み過ぎ…

 

理不尽で残酷に子供達を欺く社会に盾付き

規範を「否定」して笑い飛ばすだけでは

真の自由は得られません

 

好きなコトして生きていく責任と覚悟を説く反面

周囲から「期待される」ことを重荷に感じ

皆に「がっかり」されるのが当然

と、あえて「信頼」や「期待」を裏切る行動を取り*1

「所詮俺たちは子供だから…」

と笑う彼等を見ていると…

 

期待してやまない「父」なるモノに理想を裏切られ

見放されたトラウマを克服できず

強がる子供達の悲劇を目の当たりにしているようで

やりきれません

 

幕張メッセ、皆で楽しんで

採算が取れて借金も返せると良いのですが…

大丈夫なのでしょうか…

 

まあ、DJ社長なら、騙されようが、盛大にスベろうが

次は絶対上手くいく!

と常に刷新されるトラウマに新しい結末を付けることを思い描いて

前向きに突き進むのでしょうが…

 

彼が汚いオトナの嘘と裏切りのトラウマの「負の連鎖」にハマり、

子供達を騙す汚いオトナに成り下がってしまうのか

裏切りと失望の物語に「終わり」を付け

「愛」を深め

創造性を発揮できるのか…

ちょっと…いや、スゴく楽しみです

*1:彼等のYoutube動画には、まだ「見せる」工夫が凝らしてあるけど…

はっきり言って、音楽は恥ずかしい…

聴いてるだけで…

あんたら、本当にカネ取って客集めて聴かせられると思ってるんかい?

ってなると同時に…

「他人を笑わせたい」

きゃりーぱみゅぱみゅみたいになりたい!」

と、ゆー素直さに、

うんうん。お客さん沢山、来てくれて、楽しい時が過ごせると良いね

という気持ちにもなります…

炎上している 【新潮45】 について

モヤモヤするので書いてます

 

ツイッターランドでは

杉田水脈氏のLGBTは生産性ない発言を擁護する特集が酷すぎる

と盛り上がっています。

 

この記事、

『新潮45』批判を文芸書編集部が繰り返しリツイート 新潮社は「言論統制していない」とコメント

文芸書編集部さんのヒロイック(英雄的)なリツイートの流れは

読んでて私も涙がちょちょ切れて心は震えますが…

 

ウワサの固定ツイート…

 

「良心に背く出版…云々」が、

自分が「邪悪」と信じる言論は良心に背くので世に出せない

というのは出版社としてどうなの?

 

と感じるのは私だけなのでしょうか…

 

特集に寄稿して炎上している方達の論旨に私は決して賛同は致しません

 

が、

 

杉田氏の意見に同意し、擁護する人が居る

という(大変衝撃的な)事実は彼らを黙らさせても変わりません

 

杉田氏のモト記事への反論があまりにも暴力的だったからこそ

今回のようなヒドイ記事が世に出たのだと

私には思えます

 

アメリカでも、トランプ支持層を生み出したのは

オバマの勝利に酔い

「彼ら」を「正論」で沈黙に追いやったリベラルだった

というのが私の所感です

 

正義、正論を以て「彼ら」を「無知蒙昧」で「非人道的」と喝破し、

一時的には沈黙させることができたとしても

「彼ら」の「不満」は募り、暴力的な発露の機会を伺うのみです

 

フロイト教授も仰っております

押さえつけられた欲動は後に醜悪な形で私たちに襲いかかる

と…

相手の正気を疑い、耳を閉ざし、「クサいモノには蓋」をしても

「彼ら」の暴力を抑制することはできません

 

他社のアカウントさんも新潮文芸部さんに賛同の意を示しておられますが…

 

それでは「彼ら」の「見ているだけで不愉快だから見せるな」と同じことをしてしまっているのではないか…

 

とモヤモヤする私です

 

あなたの「殴られたのだから」殴り返したい気持ち、

「排斥されたのだから」排斥したい気持ち、

見たくない、聞きたくない気持ちの奥底には…

「自己正当化」の防御の影には…

一体、何が隠されていますか?

 

ソコに対峙しない限りは

きっと…

後に醜悪な暴力が私達に襲いかかることを避けることはできない

と私は懸念致します

 

追記:誰が「悪い」という話では決して御座いません。

只、殴りかかったのなら、相手も死に物狂いで殴り返してくる可能性は高くなるので…

どんなに「正当な」理由があっても暴力は不毛だ

と私は信じております

という話です。

じゃあ、どうすれば良いのか

というご質問が御座いました

 

精神分析的に申し上げますと…

 

内面に潜む「彼ら」との対話を試みます

コワイです

それくらいなら無視したくなります

破壊し尽くしたくなるような怒りを覚えるかもしれません

それでも面と向かい逢うのです

それを被分析家と一緒にヤルのが分析家でございます

【資生堂のダルちゃん】母親から離別するということ 

前回の記事

【資生堂のダルちゃん】 母親に否定されるということ - 精神分析のススメ

以来、しばらく、ダルちゃんネタ、お休みしていましたが…

 

実はタイトルを決めあぐねて…

「母親を破壊するということ」にしようか…

「母親が壊れるということ」にするべきか…

と、悩んでいるうちに、もう50話が更新されてしまいますね(もうされてるか…?)

 

はるなさんの人物、表情の描写がめちゃくちゃ上手いと、何回でも言いたい。

 

hanatsubaki.shiseidogroup.jp

 

この回で、ヒロセさんは別れを決意したダルちゃんの顔を

「本当に素敵だと思う」

と言っています…

 

キツい様ですが…

流石は、男になり切れなかったママもどき君の台詞です。

 

ダルちゃんの必死にすがる顔に怯(ひる)み、

ウィニコット様の仰る様にがっつり「抱きしめる」包容力もない

ママもどき君は、

ダルちゃんがはしゃぐ姿*1を見ているのがツラくて

罪悪感を覚え、自己嫌悪します。

 

「優しい」と見せかけておいて

「弱い」だけのオトコの鉄板です。

 

「鬱」状態で別離の痛みを「感じる」ことを拒否するダルちゃんの顔を見て

「素敵」とは、ちゃんちゃら片腹イタイです。

 

傷つけることをオソレて

喪失のイタミを回避しようとするが故

人は欲しいモノに手を伸ばすことすらできず

「幸福」の萌芽を自ら破壊し、悲嘆し、絶望し、憤る

神経症」を患う

と、言ったのはフロイト教授です(と、少なくとも私は思っております)

 

噛めば噛むほど味わい深いスルメの様に

何度読んでも新しい発見があるフロイト教授の「喪とメランコリー」

(私が感受性だけで読むからなのでしょうが…)

素晴らしい要約をこの方がされておられます

d.hatena.ne.jp

この論文でフロイト教授は

「メランコリー(鬱病)」とは、

失ってしまったモノから自分自身を

解き放つことができない

「明けることのない喪」であることを示唆しています。*2

 

フロイト教授は「対象を無価値なモノとして放棄する」ことに

自立と鬱病寛解を見出そうとしましたが…

 

「大切な」ヒロセさん(=愛する「対象」)を「守る」為に

彼を「放棄」したダルちゃんの「喪」が明け、

真の創造性を発揮できる日は来るのでしょうか…

 

明日が待ち遠しいトコロです。

 

なんて言ってたら、

ダルちゃん、さくっと終わってしまいましたね…

寂しい…

【資生堂のダルちゃん】ダルダルな自分を受け入れるということ - 精神分析のススメ

*1:彼女のはしゃぐ顔も、又、上手いコト描いてはって…

又、オリを見て書きますが…

楽しいフリして大切なモノ(=自分)をガンガン消費し、破壊する

「躁防衛(マニック・ディフェンス)」な空っぽな笑顔な感じが出ていて…

ガチで双極性イケイケ躁状態な患者さん達は鬼気迫る眼光してるので

それとは又ちょっと違うのですが…

*2:フロイト教授曰く、

患者は自分でも何を失ったのか分かってないんだから、

「喪」に服すこともできんわな

と仰っておられます

日本人の【発達障害】及び【コミュ障】の印象がズレてない?という点について

ずっと気になっていたので、モヤモヤをぶつけてみます。

 

 

このツイートでも書きましたが、

発達障害、特にASD系の人達は

空気読めない

とか、初めて聞いた時には、

ふぁ?!

ってなりました

 

彼等のコミュニケーションに問題がある、

というのは確かに顕著な問題ではありますが…

それは「話し方がヘン」であったり*1

感情表現ができない、及び、不適切である*2とか、

相手の目を見て話せない*3

とかであって、

相手の言ってることや、感じていることが分からない

という点はあまり重要視されていない印象です。*4

 

つまり、私の抱いている

「コミュ障」のイメージは、

自分の思っていること、感じていることを適切に表現できない人達

であり、日本で言われる

空気が読めない(が為、自己表現できない)人達

ではないということです

 

これは、日本人にとってコミュニケーションで重要視されるのが

如何に相手をちゃんと、正確に、時には相手自身より「正確」に、先取りしてでも理解できるか

という点だからなのではないか。

と感じます。

 

私が渡米した後、4−5年間、英語で文章を書くに当たって何が大変だったかって、

添削してもらう度に、友達に、

「おまえはこの文章で、一体何が言いたいんか、さっぱり分からん」

と怒られまくったことです。

言われて説明すると、

友達:「それは、こーゆーことなんかい?」

とばかり、ごっそり直されます。

それをされると、こっちとしては、

私:「うーん、そこまで言ってるわけではなくて…」

と、なってしまう。

それを言うと、相手は又、

友達:「そんなんだったら最初っから言えや!」

と、更に不機嫌になる。

 

 

一事が万事、そんな感じで

お互いに阿鼻叫喚とまではいかなくとも、

もー、泣きたい!となる寸前の修羅場となりました。

 

というのも、友達にも私が感じていた

「そこんとこは、分かってや!そこまできっちり、はっきり言いたくないねん」

というオーラがビンビン伝わっただろうし

私も彼等の

「そんなこと言われても何がなんやら、さっぱりワケ分からんわ!」

というイラ立ちをガンガン感じてしまったからです。

 

日本人の行間を読み込む*5感覚が分からないヤツラは感性が鈍すぎる

と、悔し紛れに思ったりもしましたが…

 

この地獄体験を乗り越えて、出来上がった文章をみると、やはり、

「はっきりさせたくないけど、何となく分かってよ」

という感覚が少なくとも英語で自己表現をするに当たっては

「甘え」に過ぎなかったことが見えてしまうのです。

 

母親は言葉を話せない赤ちゃんの欲求を「察して」充たします。

「母子関係に言葉は介在しない」

と言われる所以です。

 

私が感じた「ソコまで言わなくても、分かって」は、

母親に対して求める受容と充足であり、

「言葉にして、相手に分かるように喋ってナンボ」

アメリカンには耐え難いフラストレーションを喚起したことと思われます。

 

日本には「父」が居ない

と言われるのも、

欧米で求められる話し手の切磋琢磨(=「わかりやすい」コミュニケーション)

よりは寧ろ「忖度」という、

「言葉にはしないけれど、察して頂戴」的に、

受け手の感受性の洗練を強要する

という点にも現れているのだと感じます。

 

母子関係に父親が介入すると、子供は要求を主張する必要を感じます。

(私主観のなんちゃって)ラカン様曰く、

父親の存在は言葉を必要としない母子関係に「否」を突き付ける

のだそうです。

子供の(母親と永遠に繋がっていたいという)欲求に「否」と言う=規制を与える

のが父親の役割であり

その「否」を突き付ける絶対的他者(=父)に対して主張する

という課題が子供には与えられます。

父は、又、子供の(母親に対する)「否」を受け止め、母子分離の方向性を与えるともいえましょう。

母を拒絶した子供が追い求める「理想」たるモノが父である

と、コフート先生ならおっしゃるトコロでしょう。

 

父性原理の強固な欧米では話し手の能力が、母性原理の日本では聞き手の能力がコミュニケーションに要求されるということなのかな、とは思いますが…

コミュニケーションは通常伝達者がするモノ、とされているし、

コミュ障=空気読めない

はやっぱりないよなー

と思うのでした。

 

何だか、発達障害やコミュ障から、ずんずん話がそれて

頭もウニになってきたトコロで、

一周りしてムリクリ付けた結論でお粗末様ですが、終わりにしたいと思います。

 

因みに、この記事に触発されました。

「人の気持ちがわからない」ということについて - さよならドルバッキー

透明なゆりかご、よく聞くので興味はありますが…当地でも観れるのかな…

*1:例えば、抑揚がないとか、

繰り返しが多い

甲高い声、又は、低くて分かりにくい声、等

*2:通常ここに、共感を示さない、も含まれます

注意すべき点は、

共感できない

ではないことです。

あくまで、共感をコミュニケートしない、ということが特徴とされています

*3:当地ではこれが自閉症に一番奇異で特徴的とされてる印象です

*4:ジェスチャーを理解しない、とか

共感していることを表現しない、とは言われますが…

*5:因みに、英語でも言います。

Read between the lines. と。まんま「行間を読む」です。

日本人は【心身症】が多いというウワサ

 

心身症について、この記事を読んで思いを巡らせていたら

オートバランサー無しで二足歩行は難しい……双極性障害、抑うつ、日内変動 - 関内関外日記

上記のツイートを見つけて更に思うトコロがあったので、書いてみます。

 

過労で身体が動かなくなることがきっかけで鬱の診断を受ける人が多い

ということをツイッター始めて知ったのが…1−2年前でしょうか

 

仕事に関するストレスだけでなく夫婦関係の問題も

奥さんにキツイ事を言われた旦那さんが帰宅しようにも扉に触れない

等、動けなったり吐き気がするという身体的症状として現れる 

 

という話も、聞きました…

 

心身症というと、古典的にはヒステリー性(=性欲の抑圧)の咳、鼻炎、

現代では子供のアレルギー系の喘息や、アトピー性皮膚炎などが

母子分離不全を現す

くらいな印象だったのですが…

 

身体が動かない

 

とは、古典的ヒステリーでみられた失神にも通じる

葛藤の終着点でもある(と私が勝手に言っている)カタトニアをも想起させます。

 

ヒステリー性難聴、言語障害、及び視力の低下等は

1800年代が終わる頃の、抑圧された女性、

発言の自由が赦されなかった女性たちの病であり

全世紀の遺物

という印象だったのですが…

今の日本じゃ結構アルアルらしい…

結構衝撃的です

 

言葉にできない感情、昇華できない欲望が溜まりに溜まると身体に出る

という「解釈」が鉄板ですが…

少なくとも私が学んでいた90年代の精神分析では

心身症=エデイパス期以前の葛藤がネック→言語化出来ない→分析無理

みたいなことを言われていました。

 

最近ではそうでもないのかもしれませんが…

 

心の問題が体に出る人達の特徴として、

身体症状についてやたらと話したがる

というのは否めない事実です。

そりゃ、一番ツライ自覚症状が身体の不調なので仕方ないのですが…

それ話すのに30分かかると

「何が私を苦しめているのか」

という「本題」に入る時間がなくなるワケです。

(イケてない)分析家としては、

話(治療)が進まん。こいつら、ウザい

となるわけです。

 

更に、本題に入ろうとしようものなら、大抵は怒り始めます。

感じたくないことがあるから、気付きたくないことがあるから

身体症状に出しているのに

その感じたくないこと

について話を振られると「不愉快」なワケです。*1

イケてない治療者にしてみたら益々

こいつら、相手してられん

となるか、

不運な患者側からしてみると

こんなクッソ不愉快な「治療」に通ってられるかい!

となるわけです。

 

というワケで、90年代のアメリ東海岸では、

精神分析とは親和性がないという印象だった心身症

上記のツイートでも

「とにかく休め。とにかく寝ろ」

というリプが付きまくってて…

 

まあ、体力回復したらきっとどーにかこーにか身体は動くようになるのでしょうが…

 

不満に気付きたくない、プレッシャーに応じたくない自分とは

皆様、どの様に付き合っておられるのでしょうか…

 

大変興味深いトコロです

*1:ソコを上手いことどーにかこーにかなだめすかして「本題」を掘り下げていくトコロにイケてる分析家の力量が問われるワケですが…