精神分析のススメ

しがないメンヘル職人です。70年代のNYCを風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざしております。

【DJ社長】の傷:汚い大人は嘘をつく

先日のDJ社長の記事が

自分で読んでもあまりにもワケわかめ

なのでリベンジです(またかよ

 

私がDJ社長に心をくだくのは

端的に云うと

彼の姿に

「汚い大人」達(=親)

に騙されても殴られても蹴られても

それでも「愛」することを

やめない

「純粋無垢」な(アホともいう)

子供達の姿を重ねてしまうからです

 

このブログで私は散々「父の不在」について

語っておりますが

日本では「亭主元気で留守がいい」

という程

日本における「父」の理想のあり方とは…

「母」にしてみたら)

「元気で留守」

つまりは「病気」などで面倒をかけず

常に外で仕事してる→カネを儲けてくる

ということなのでしょう

 

「居る」父は「汚い」しウザい…

「不在な父」こそが理想というのは

クライン女史のおっぱい理論的に

解釈すると

「居ない乳(父)」=「善い乳(父)」(安息)

「居る乳(父)」=「悪い乳(父)」(恐怖)

という「迫害分裂立ち位置」(Paranoid Schizoid position)

でもありましょう

 

子育てが上手くいっていると、

チチ(乳=父)たるモノは

 

不全な自我に

安心感と生きる活力を与えるモノ

 

です

 

すなわち

「居る」チチ=「善い」チチ(充足)

「居ない」チチ=「悪い」チチ(悲哀)

という「鬱」立ち位置(Depressive position)

になるはずなのですが…

 

チチと子供の相性が悪く

子供がチチで腹を下したり*1

チチの存在が子供に不安感を与えたりすると

「居る」チチ=「悪い」チチ

となってしまいます

 

精神分析的発達理論では

「居る」ときも「居ない」ときも…

「善いチチ」を心に抱くことで

「安心」して「愛」することや「生産」することにヨロコビを見出す

十全な自我が獲得されます

 

「居る」ときも「居ない」ときも

悪いチチに苛まれていると

統合失調になってしまいます

 

十全な「自我」と「統合失調」な自我の間には

神経症」と「境界例」が入るのですが…

そっちに深入りしては戻ってこれなくなってしまうので

又の機会に致しましょう

 

「汚い」チチに話を戻しましょう

元ネタはレペゼンではないようですが…

この動画にも明らかなように

www.youtube.com

汚い大人達は

「当たり」のないくじを準備して

子供達を「期待」させておいて

カネを巻き上げ「裏切る」のです

 

その構図は政治家や

極々一部の私腹を肥やす

「国家」というシステム(=家族)のあり方にも

繋がります

 

動画のテキ屋の兄ちゃんの「嘘」も

政治家の「嘘」も

暴かれることで彼等の「犯罪」に

正義の鉄拳は下りません

 

そのことへの「怒り」を

「汚い大人」に直にぶつけることは

「子供達」には許されません

(殺されてしまいますからね…)

 

かくして…

「汚い」大人を「排除」できない子供達は

自分が「汚い大人」になるか

「大人になる」こと自体を「拒否」し

いつまでも「バカな子供」でいることを

選ばざるを得なくなります

 

「父」と同一化することを拒み

子供で居たいと言いながらも…

同い年のきゃりーみたいに「有名」になりたい!

と純粋な夢を追い求めて

突き進んだDJ社長…

「股をひらいて」

汚い大人の「愛」を受け入れることで

「愛する」ことと「生産すること」に

ヨロコビを見出す「健全な」大人になれるのでしょうか…

*1:クライン女史的には赤ちゃんの「自我」の不具合が

迫害妄想の根源です

【レペゼン地球】とDJ社長の夢

レペゼン地球がDJ社長が気になる私ですが

エイプリルフーフ終わったよね?

というタイミングで

DJ活動を休止します

という動画をツイッターでみかけました

モデルになるらしいです

 

 

実は前回の記事の後、

「何で又こんなアホのガキ共のことを気にするのか」

みたいなコメントを頂いたので

「大人になれない僕ちゃん達に私が興味を持つ理由」

というタイトルで書こうと思ったのですが…

なんだかんだで時が流れてしまいました。

 

ので、この機会にリベンジです(何がや

 

DJ社長、ポップティーンという雑誌の告知で

過去の化粧写真が出てきて

 

前記事で

汚い「父」なるモノへの失望 と 大人になれない僕ちゃん達【レペゼン地球のDJ社長】 - 精神分析のススメ

(おそらくは性的虐待の被害者であろう)

女性の顔をめちゃくちゃにしててコワイ

みたいなこと書きましたが…

自分の顔もおもちゃにしていて

まあ、

以前観た露出系

及び糞尿摂食ネタでもそうでしたが…

 

レペゼン地球のビデオは

他者への加虐衝動に突き動かされるだけでなく

自分もめちゃくちゃにする

自他の互換性とか…

お互いにヤリ合う

対等な関係性を保っていて

 

そこのトコロで

DJ社長を筆頭に彼等の「暴力性」が

他者の「搾取」や「虐待」といった

一方的で凄惨な「いじめ」にエスカレートせず

「アソビ」の枠に納まっている

のだと感じます

 

彼等の「笑い」のセンスには

(おそらくは性的虐待に起因する)

エログロな暴力性を感じますが

ポップティーンという高校生向けのファッション雑誌も

ウィキによると

90年代に方向性を変える*1以前は

エログロい内容だったらしく…

鬱屈した日本の青少年の嗜好の闇を痛感すると共に

日本のオトナ達(=出版業界)の無責任さや

節操のなさと断罪するべきか…

前衛的(?)に欲動の発露を推奨する態度であるとみなすべきか

子供が大人になる為のイニシエーションのような

役割を出版物が担っていたと受け取るべきか…

まあ、様々考えを巡らしてしまいます

 

因みに

アメリカで子供向けにそーゆーエログロ雑誌はない…

てか、オトナ向けのタブロイド系でも

日本のスポーツ新聞系のエロはアリえません…*2

 

DJ社長は

「汚い大人に股を開いて」

モデルになりましたが

この冗談は冗談ではない重みがあると

私は感じます。

 

彼の真面目なトークの動画で

www.youtube.com

印象に残ったエピソードに

イベントが盛大に失敗して

人生で最大落ち込み始めてから1週間後

彼と同じ年のきゃりーぱみゅぱみゅ

更にデカイ箱でコンサートしてチケット完売してるのを見て

(動画22分10秒くらいからです)

「『俺きゃりーより頑張ってるはず』

って思うんよね」

というセリフがありました

 

汚い大人のカネの力さえあれば…

芸能プロダクションや広告代理店の力さえあれば…

自分だってもっと多くの人を呼べたのに…

という無力感をきっと感じていたのでしょう

 

借金だらけで失敗してどん底に落ち込んで…

彼はきゃりーを妬んだり

絶望的になったり

自暴自棄になったり*3

ともすれば否定的な気持ちになってしまうトコロを

「自分も有名人になろう」

という典型的に「躁」な「防衛」を駆使して 

乗り切ります。

 

DJ社長のYoutubeでの成功は

絶大な影響力を持ち

「人気者」を作り出す

不公平な既存のシステムに対する

「反抗」であったとも言えましょう

 

雑誌のモデルとして

システムに迎合し

自分達を売りに出すことは

彼にとっては

「股をひらく」ことでもある

というのは

彼の既存のシステムへの「憤り」を

如実に表す表現である

と私は感じます

 

ただ、彼が「股をひらく」ことで

彼自身も又「汚い大人」に成り下がり

搾取と欺瞞の連鎖を繰り返すことになるのか…

「股をひらく」ことで

彼は新しいナニかを生み出そうとするのか…

おそらくは

5分5分なのではないでしょうか

 

始めのツイートでも書きましたが

彼は自嘲的に

カネをつまれてモデルになった

とは云うものの

「俺だって

きゃりーみたいに

(有名になりたい。武道館を埋めたい)…」

という

自分の立てた目標にあくまでも忠実です

 

きゃりーぱみゅぱみゅ

「つけまつける」

www.youtube.com

とか「PonPonPon」

www.youtube.com

辺りのセンスは好きなのですが…

 

どんな顔だろうが

揺るぎないコンセプトさえあれば

誰でも「可愛く」なれる

という幻想を売りにしてるよな…と

(失礼だとは思うけど)

感じます*4

 

DJ社長が自覚しているかどうかはともかく

彼等が化粧で塗りつぶし没個性化した

「可愛い」自分を売ることは

既存の「可愛い=良い」という価値観を

「股をひらいて=チンを差し出して」

受け入れると共に

その価値観を打ち砕く行為であることに

私は感銘を受けます

 

昨今の

LGBTQに基本的人権を!

とぎゃんぎゃん煩い「知識人」や

「活動家」を尻目に

彼は「汚い大人」の旧い価値観を打ち砕き

両性具有性もバイセクシュアリズムもウケるしイケてる

という認識を

子供達の間に広めています

 

差別をなくそう

と議論する段階で

もう差別は忍び込んでいる

という現実を

キレイ事を抜かす大人達は見据えようとはしません

 

子供達には

頭の固いオトナ達と違い

既存の価値観を拒否し

オトナ達が怖れ

忌避されるモノを「愛」する素直さが

備わっています

 

このRTの元ツイで触れられているように

旧世代の嫌韓感情も

LGBTQに対する偏見も

エンタメ性の高さという魅力が為に

憧憬にすり変えてしまう若者の柔軟さを

「否定」するしかできない固いオトナも沢山居ますが…

私はDJ社長の柔軟さと自分の目的を諦めず

突き進む力に

少なからずも希望を見出し

感動せざるを得ません

 

(不治の病というだけに…

未だに厨二病なラップだけは恥ずかしすぎるから

どーにかして…

とも思いますが…

好きだし楽しいのでしょうね…

私みたいなモノでも

見てるだけで楽しいパフォーマンスを

してくれるようになるのでしょうか)

*1:ブリトニー・スピアーズが!!!

日本のお子様雑誌の表紙に!!!!!

しかもブリちゃん!!!!

*2:それが「良い」とか「悪い」という

問題ではありませんが…

文化差だよなーと感じます

*3:無意識下では実はしていると

「解釈」する分析家は居るかもしれませんが…

*4:いや、芸妓白塗り化粧文化のリバイバルか…

とかも思いますが…

【暴徒】 と 「コントロール」

前回の記事で

母が壊れる時 - 精神分析のススメ

 

「父」が「ムスコ」を「コントロール」できない悲劇が

「母」が壊れる瞬間に立ち現れる…

 

みたいなことを書いてみましたが…

 

今日は家族の外で見られる「父」の機能不全の悲劇について

書いてみようと思います

 

 

ツイッターで、西成区の暴動の映像が上がっていました。

上記のツイは、コメントをRTしたのにお返事を頂き、

その会話の最後ですが…

 

元ツイについていたコメントが色々な意味でコワいです。

(一番コワかったのは

今の日本は平和で良かった♡

というやつですが…)

 

渋谷のハロウィンの暴動で出た

逮捕者に関するツイートでも感じましたが

 

暴徒は征伐されて然るべき

 

逸脱は罰せられて然るべき

 

という短絡的な意見が…

私にはめちゃくちゃコワイです。 

 

暴力を暴力で鎮圧する「規律」は

「罰則の恐怖」でしかなく

自発的「倫理」の欠如を育む

「父」の機能不全でしか有り得ないのに…

 

「法」の名の下に行使される「暴力」が

「正義の鉄拳」として容認されるのは

オソロシイことです。

 

ということで、

理想の「父」による

欲動の「コントロール」とは如何なるモノであるべきか

「理想論」を展開してみたいと思います。

 

カタカナ乱用するとバカっぽいので

私的には避けたいのですが…

 

Control

訳語を探すのが難しい言葉です。

 

前記事では「規制」とか「制御」を混ぜて書きましたが…

それでは「父」の「支配的」なニュアンスは伝わっても

「自立支援」のニュアンスが伝わり難い…

というのがネックです。

 

80年台のジャネットジャクソンのヒット曲

www.youtube.com

(懐かしーですね

ジャネット、可愛いーですね

今は整形しまくって亡きマイケルそっくりさんになってしまいましたが…)

 

「コントロール」は

 

自分の生き方は自分でコントロールする(=決める)

誰にも口出しはさせない

 

という「支配」「制御」「規制」という日本語訳では伝えきれない

「決断力」とか「自己責任能力」等のニュアンスを多分に含む

「自立」のキーワードです。

 

「ムスコ」の「自立」を可能にするコントロール

「リビドー(欲動)のコントロール

と密接に関わりがあります。

 

字幕がないので分かり難いかもしれませんが…

ジャネットの「コントロール」のPVの始まりで

 

「ショーの練習が終わったら夕飯食べて帰るわ」

というジャネットに

「でも…遅くなったら夕飯が冷めちゃうわよ」

と、馬耳東風なママと

「迎えの車が来たよ」

と渋い顔のパパ…

 

彼女は両親に

「そろそろ一人暮らしがしたいの。もう、部屋も見つけてきた」

と、独立する旨を伝えて

パパが呼んでくれた(白人の)運転手つきの高級車を断り

自分の(?)ボロ車に乗り込みます。*1

 

車がないと何もできないバカっ広ーいアメリカでは

16歳になって運転免許を取得し

親から譲り受けたボロ車で自由行動し始める*2

というのが定番です。

 

アメリカでは特に

車=自立

でもありますが…

「コントロール」曲中に挿入された

急ブレーキの音が象徴する

「制御不可能」の不安

を掻き立てるモノでもあります。*3

 

アリがちな夢でも…

車を運転するも地図がない

とか…

車にブレーキ(又はハンドル)がついてない

とか…

 

止められない(=コントロールできない)

目的地にたどり着けない(=人生の目標を達成できない)系の

不安夢に頻出する車は

「欲動」の象徴でもあります…

 

西成の暴動では自転車が

渋谷ではトラックが

壊されたというのも

若者や経済的弱者の「イキ場のない衝動」が故

目的地に辿り着くための手段を破壊してしまう

神経症的症状を象徴している様に感じます。

 

「生きる」場所も「行く」場所もない人々の

自己主張は生産性を欠いた

「逸脱」でしかありえません。

 

「母」の機能が「受容的」な「おっぱい」に象徴される

充足と安心感ならば

「父」の機能は「能動的」な「男根」に象徴される

排除(排泄)と興奮です。

 

この記事でも触れましたが

EDと、父親不在と、村上春樹 - 精神分析のススメ

「父」たるモノ、ムスコをキレイに保ち

規制心を育まなければなりません。

 

「母」が子供に「愛情」を注ぐなら

「父」は子供に「規律」を与えます。

 

「生きる衝動」であるリビドーが

「対象」を見失い…

 

「貪欲」や「羨望」といった

「欲しいモノ」を破壊する

壊滅的なモノになってしまわないように

 

男根(=自主性)を「制御」し「方向性」を与えることで

美しい「秩序」を保つのが

「父」の役割です。

 

「周囲との調和」が究極的な「倫理」の日本では

「父」の機能は集団に分散されている

とも言えましょう。

 

アメリカの教育現場を見るにつけ

「集団の調和」を重んじる余り

成員が均一であることを希求する日本では

「個」の意見やアイディアを受容し

要求や主張を「方向」付ける教育は

実質上皆無だと感じます*4

 

自己主張=ワガママ

という印象が強い日本では

調和を重んじる余り

「主張する」自我を育む「父」の機能は

「なくてよい」どころか「あっては困る」モノに

成り下がってしまったのではないでしょうか。

 

周囲を慮り「我慢」することが「美徳」で

「愉しむ」ことは利己的でマナーに背くと看做され

不満を主張することが

ワガママと看做されがちな日本においては

 

建設的な意見を主張する「可能性」は

限りなく「皆無」に近く

 

我慢できない人々(=子どもたち)が

一致団結して不満や鬱憤を表現しようとする時…

 

(それが如何に「非暴力的」であろうと)

「逸脱」としか見做せない

頑な感受性が蔓延している様に感じて

私はコワイです。*5

 

「主張」を(集団の調和を乱す「逸脱」と見做し)

育もうをしない「無能な父」こそが

「不満」を抱く「自我」から

「否」という選択肢を奪い

無能感や絶望感を植え付け(鬱→自殺してしまうか)

暴力的な怒り(最悪のケースでは無差別殺人とか)を誘発します。

 

「正義」という「理想」が

「暴力」は「力」で制圧されて然るべきという

「否」ということを認めない「同調圧」に歪められる時…

 

「正義」は「否」を表現するモノへの

加虐衝動の正当化に成り下がり

 

「自己主張」にまつわる苛烈な罪悪感

(=「自立」することへの罪悪感)を増長し

 

警察機関の「暴力」を容認し*6

法に従わないという「理由」で

暴力を正当化し…

 

「父の不在」=「倫理の欠如」という機能不全から

「父」=「(正しい)暴力」という

「妄想」を繰り出します。*7

 

西成のケースの様に

不正に対処をせず

社会的弱者の不満を暴力という形で顕在化させておいて

更なる暴力で「制圧」する機動隊は

加虐衝動に駆られた無能な集団でしかないのに

相手が「先に」攻撃したからとか「治安を乱した」から

という理由で暴力を受容し

正当化さえしようとする感受性は

それが如何に矮小なモノでも

危惧に値することです。

 

そのコワさは渋谷のハロウィンで

目前で繰り広げられる「逸脱」を放置した挙句

事後「みせしめ」の数人を罰することでしか

祭りの「ワク」を設置、施行する手段を持たない

 (無能な)警察に「スッキリ」する人が多いということにも

繋がります。

 

「罰則」による「倫理」の強制に

「安堵」し「高揚」する感受性は

法の尊守に「我慢」や「抑圧」といった被虐性を見出す

感性と表裏一体と言えましょう。

 

暴力的な「逸脱」を「制御」する「理想の父」は

触れてはならない「枠組み」を

「守りたい」と希求する心を育みます。

 

「理想の父」と「愛する母」を「慈しむ」心から

自発する倫理感ではなく

「罰則」の恐怖に歪められた「倫理観」は

不満を増長し鬱憤が暴発する悲劇を内包します。

 

渋谷の暴徒は

「壊したら直す」

「汚したら片付ける」

可能性を育む「父」を欠き

「直せない故障」と

「落とせない汚れ」

に永遠に苛まれる

負のスパイラルに陥った「子供達」です。

 

「逸脱者」を罰したトコロで

償いを育む「愛」は生まれません。

 

喪われた「理想(=父)」を悼み

加虐衝動の制御と償いに

正義と倫理を見出すためにも

精神分析は如何でしょうか。

*1:結局は

妹の独り立ちを応援しなくちゃだよなー!

と盛り上がる兄ちゃん達に拉致されてますが…

*2:今時はチェインスモーカーの歌にもあるように

【ザ・チェインスモーカーズ】The Chainsmokers 大人になれない僕達 現代アメリカの若年層 ミレニアルの闇 - 精神分析のススメ

「自分じゃ買えるハズもない」新車のローバーに乗ってる

若者だらけなのかもしれませんが

*3:因みに、彼女のイヤリングが鍵なのも…

車や家の鍵=自立の象徴

と言えましょう。

鍵は男性器、鍵穴は女性器の象徴でもありますが…

お兄ちゃんのマイケルそっくりな顔にどんどんなっていく

ジャネットの男根羨望の現れかもしれませんね

*4:最近では現場で頑張っている教師の方のお話も聞きますが…

少なくとも私が知っている日本の教育システムでは

「皆」が同意する「正解」を如何に効率的に再生できるか

をみっちり訓練されたと思います。

基礎知識を身につける上では

そのことが絶対的に「悪い」ことだったとは

思いませんが…

自分の意見や考えを

論旨立てて表現する訓練は全く受けてこなかったので

国外に出た時にめっさ苦労しました

*5:コワすぎて、日本脱出したくらいです

*6:ハルオさんの話なんか読むと

漫画を描いたら1日で200万Pvのアクセスがありました - 警察官クビになってからブログ

「否定」=なきがモノとする

の方が適切かもしれませんね…

ハルオさんの場合は

「規格外」だったからという「理由」が

「暴力」の正当化に繋がっており…

本当にオソロシくも凄まじいお話でしたが…

*7:これの

元ツイも「理想的な父の正しい怒り」という

「妄想」だと私は思います

母が壊れる時

こんなRTをした後で

 

こんな記事に

anond.hatelabo.jp

 

id:yutoma233 みどりの小野さんが

「やっぱり母ちゃん可哀想」

とコメントしておられました。

 

話題のツイは突拍子もない思考の飛躍が

思わず笑いを誘うリリカルなモノで…

 

「嫁さんを焼き殺すインド人…」の流れからの

「そして北海道の米は美味い」

で終わりかと思いきや、

最後の最後に

「まだ言うんかーい!」

って感じで終わらせるトコロとか…

「あーもう、この人、言わずにおれんねんな(共感)」

となり、大変私好みです。

 

が、この一連のリリカルでシニカルなツイのクレイジーさは

日本人にアルアルな

「心穏やかではいられない」

男女の確執の真理を突いている

 

だからこそ反響を呼んだのではないか…

と思ったので

書いてみようと思います。

 

分かり難いでしょうが、RTで私が意図したトコロは

 

オッカムさんが*1

米を味わいも「感謝」もせず流し込むことで

「母」を傷つけても

「父」は「息子」の暴力を黙殺(=あってなきがモノに)する…

そのような家族関係にあって「母」の「修復」は不可能である。

 

というコトです。*2 

 

全然分かりませんかね…

 

平たく言うと…

 

親父がワガママ息子を放置する

(=コントロールできない)と

息子は「母」の「怒り」を警戒して

「大人しく」はなれども

破壊性を制御(=コントロール)できる「大人」にも

生産性のある「男」にも

なり得ません

 

という精神分析理論のお話です。

 

おっぱい理論のクライン女史曰く…

 

嬰児の内的世界では

「善い」おっぱいを提供しない母親は

「悪い」おっぱいに豹変します。

 

嬰児の脆弱な「自我」が

「善い」おっぱいと「悪い」おっぱいを

「全なる母」として「統合」し

「愛」するためには…

 

「悪い」おっぱい(=実は「全なる母」の一側面)

を破壊した「自我」が

 

しまった!テンパりスギて、つい、うっかり「善い」おっぱいをも壊してしまった!

 

と戦き、悔み、喪にふくすことで

自身の破壊衝動と憎悪を克服し

「善い」おっぱいでもある「母」を取り戻すことが

必要である。

 

子供が「自立」し他者を「愛」し得るには

自身の破壊衝動により

壊してしまった「旧い」対象と自我を弔い

「感謝」と「謝罪」を通じて

恒常的に

自他の関係性を修復し得ることが必要である。

 

って感じでしょうか…

 

つまりは「破壊性」を制御し「創造性」に昇華することが必要である。

とか…

 

…(この時点で離脱率何パーセントなんだろう…)

 

オッカムさんのツイートに沿って言うなら

 

「美味い米」を提供しない「母」は「敵」

つまりは「悪いおっぱい」

ということです。

 

「息子」は、ダークサイド堕ちした「母」と戦うために

「父」との同一化を果たします。*3

彼は父親の

「白米に汁をぶっかけ」て食べる行為に*4

「母」の愛を「否定」し「拒絶」する暴力性を見出します。

 

「息子」が「父」と同一化して「母」を拒絶し続けたことで

「母」はキレます。

「泣き出した」という描写なので

「悲嘆」と「激怒」が相まられたのでしょう…

 

泣き崩れる「母」を前に

「息子」が「謝罪した」

という描写はありません。

 

彼は自分の感じた「怒り」や「破壊的衝動」を

振り落とした「憑き物」として

あたかも「自分」のモノではないかのように

(ツイートでは)振る舞います。

 

しかし…

「母」がダークサイドに堕ち

美味い米を提供できなかった理由は一体何だったのでしょうか…

 

「息子」の繊細な感受性を理解できなかった

というのもアリましょうが…

 

ツイートからは

「父」に不満を抱いていた

というのが最大の要因だったことが伺われます。

 

「母」が「息子」の要求に応じられないのは

「父」の稼ぎでは無理だからなのです。

 

かくして「息子」は「母」を充たせない

ケチで口先だけで「無能」な「父」に共感し、同一化し

「父」(=自分)を「無能」だとなじる「母」は「敵」となり

「戦争」が勃発します。

 

品種改良という現実的「革命」も

無能な「父」とキレる「母」の「戦争」の火種に

油を注ぎます。

 

「北海道の米は美味しい」

と言いながらも

「息子」は既に「汁をかけて食べる米」を

「スタンダード」として受け入れ

「コメ自体の美味さを求めるのは信仰」である

と「母の愛」に幻滅し

理不尽だった自分の「攻撃性」に恥じ入るが故

「感謝」も「謝罪」も「修復」も

必要ないモノであるかのように

振る舞います…

 

勿論オッカムさんの「リアル」な親子関係に

「感謝」や「謝罪」や「修復」が見出だせない

というのは浅薄な解釈です。

 

彼のツイートの微笑ましさからは

「悪かった」とか「有難う」等、

「言わなくても分かっている」という

家族間の「信頼」が滲み出ます。*5

 

私的には

忌むべきは

素材で勝負する「美味しい北海道米」ではなく

(勿論、不味い飯を美味しく頂く創意工夫=「味噌汁」でもなく)

「愛」とヨロコビ=「真理」

を見失い利便と効率を妄信的に追求する

歪んだ「知性」と「技術」なのではないか

と思います。

 

知性が独り歩きしない為にも…

心に愛とヨロコビを取り戻す為にも…

(ぶっかけた「汁」の破壊性に

「父の愛」と「知性」と「技術」の融合を見出し

生産性に繋げる為にも…)

精神分析を御査証頂ければ幸いで御座います。

 

追記:おのしゃんから、こんなお返事を頂きました。

yutoma233.hatenablog.com

オッカムさんのツイのクレイジーさは

「イヤと大声で言っているのに食わざるを得ない」文化

つまりは #Metoo 案件多発地帯のクレイジーさでも

あるのだ!

とひらめいたので、蛇足ですが…

 

オッカムさんの(ツイで描かれた)家族は

やはり

「否」と言うべき「父」が機能しないが故

「母」が機能不全に陥ったシステム(=家庭)

とも言うべきでしょう。

 

只、好き嫌いモンスターが絶賛肥満+糖尿病にガンガン侵される

アメーリカでは「イヤなら食わない文化」が

不健康な歪を生み出している。

とも感じます。

 

好き嫌いは自己実現の可能性を狭めます。

 

世のお母様方におきましては

「父の愛」に充足する「母」を心に抱くことで

「息子」は母の愛を感謝をもって享受し

イヤなモノには「否」を突きつける「力」を行使できる

強く優しく素敵な「男」になり得る…

 

ということを念頭において、

旦那様と睦まれることをオススメ致します。

合掌

 

睦みあえない男女の悲劇については

こんな記事も書いてます

 

鬼嫁に魅せられる男達 - 精神分析のススメ

拒絶しあう男女 ラブドールとセックスレス - 精神分析のススメ

*1:オッカムの刃=シンプルイズベスト、私も好みなフレーズです

因みに日本語では別名「ケチの原理」とも言うそうです…

*2:因みに「父」「母」「息子」は理論上の概念であり、

例えば母子家庭でも母親が「父」の機能を果たすとかアリです

*3:「おっぱい」問題は「口唇期」

で、次の「肛門期固着」の症状は「ケチ」ですが…

味噌汁を「肛門期」に引っ掛けて解釈すると

ドン引きされそうなので

今回は見合わせて

その次のエディパス期に飛ばせて頂きます

*4:ここで「母」を汚し辱める…

という解釈に走ると

肛門期固着の性愛嗜好が明らかになりますが…

自粛いたします

*5:実はお母さんが一人で激オコという可能性もなきにしもあらずですが…

労働のヨロコビ と 成功の罪悪感

私が勝手に思い入れてるブロガーさん

いっしーさんへ - 精神分析のススメ

が久し振りにアツイ記事を上げられており

www.issizzz.com

イロイロと触発されてしまったので

イキオイに任せて書いてみようと思います

 

本来なら労働のヨロコビについて

(せっかくももはなさんからも頂いたリクエストを放置しているので)

however-down.hatenablog.com

書くべきなのでしょうが…

 

イマイチ言葉が出てこないので

いっしーさんが

「こいつだけはマジで分からん。最初から最後まで見ても、後日談を調べても意味分からん。」

 

と言われる彼について、書いてみます

 

因みに後日談は、この方のまとめを参考にしました

komatsudayohei.jp

 

いっしーさんの様に、マジメにコツコツ地道に頑張る人には

決して理解できないと思います

 

何でこんなエエかげんなヤツが

実現できそうもない荒唐無稽な計画を立てて

「絶対ヤリます!」

という無理口を叩いてアカの他人を丸め込んで

2000万円近くのカネを

正に「投げ」て貰っておいて…

 

やる気が失せてしまった

 

と、期待を裏切るようなマネができるのか…

 

話は逸れますが…

 

この「マネーの寅」って番組、面白い…

ハマりそう…

 

私はリアリティ番組あまり好みでないのですが…

 

カネ出したるで!

って感じにキップの良い(?)おやっさん(及びおっかさん)が

若き(?)才能に出資するなんて

トランプのアパレンティス(徒弟?)なんかより

ずっと崇高なテーマで好もしい

 

「投資」って、そーゆーコトだと思います

 

カネでカネを儲けるのが「投資」だなんて思ってはイケナイ

 

惚れ込んだ(=成長が見込める)相手にカネを投げ与える

 

それだけの度量と覚悟がなければやってはイケないことだと思います

 

だからこそ、堀之内氏の

「君、僕のこと好き?」

という

ビジネスマンが…訊くんかーい!?

な質問がある意味「投資」の真髄を突いている気がします*1

 

閑話休題

 

で、かいえい氏に話を戻します

(全くの自由連想で申し訳ないのですが…

彼の名字…

Jay-Z に並ぶ天下のお子様ぱっぱららっぱーの

かーにえ? に聞こえるの私だけですか?)


Kanye West - Stronger

 

編集でカットされているのか…

彼のお話は、あまりにも波乱万丈スギで

確かに理解不可能です

 

後輩の死の衝撃から逃れるために

高校もろくろくにブラジルに渡り

サッカー選手になるも

後輩を死なせた罪悪感に苛まれ

足の怪我を機に帰国

人生の目的を見失うも

結婚して子供もつくり

(車整備?の)ビジネスを始めるが…

武道館デビューしたいからって

何で会社潰してまでしてマネーの寅に出演する?

 

もう、このお話だけでも

辻褄合ってないし

わけわからんヤツ

ってなりますわ

 

な の に

2人の寅達にカネを出させる…

 

どーゆーことよ?

 

ってなりますわ

 

以下、全くの私の妄想です

誤使用の注意をお読み下さい

免責事項 自己紹介に換えて - 精神分析のススメ

 

かいえい氏の様に、

なんでもさらっとこなす

マルチに天才な方、たまにいます

 

勉強してないのに

成績が良いヤツ

 

練習しないのに

スポーツ得意なヤツ

 

ギター持ったの初めてなのに

「何となく」弾けちゃうヤツ

 

居ませんか?

 

「努力」しないでもそこそこ何でもこなせる

器用な人は

案外周りに居るはずです

 

でも…その人達が本当に名を上げることは

なかなかありません

 

「達成感」を味わう程の「努力」を費やす前に

ま、これくらいで、いっかー

と「満足」してしまうからでしょう

 

頑張って挫折するくらいなら

努力なんてしたくない

と、いうのもアリかもしれません

 

が、それらは私共、分析家としては

所詮「意識」に上がってくる「表層」の理由であり…

 

努力して本当に成功してしまうのがコワイ

エディプスコンプレックスに端を発する神経症である

 

という診立てから

被分析家の内面世界に入ってイキます

 

かいえい氏の「後輩の死への罪悪感」は

 

自分の成功(=子供の自立)の裏には

他者の敗北(=親の死)が潜んでいる

 

つまりは、エディプス神話に集約される

 

父王の死=自分が王座につくこと

=父に対する勝利=大人の男になること

 

という「自立」にまつわる両義性でもありましょう

 

5歳くらいから、男児

ロマン(=決して手に入ることのない母)を求め

(父に)「勝つ」ことにこだわり始めます

 

その時期に「理想の父」を喪失すると*2

人生において「勝つ」ことに

克服し難い葛藤が生まれてしまいます

 

かいえい氏はマネー成立の為に

「仲間になって下さい。失敗はしません」

と寅達に訴えます

 

彼の「不安」は自分が敗ける(失敗する)ことではありません

 

勝って(成功して)「大切な仲間」を失うことなのです

 

故に…

「勝つ」ことが不可能な…

デキもしないような荒唐無稽な計画を

立てるのです

 

しかし、何でも器用にこなす彼は

その無謀さ故に

「もしかしたら…」

と寅達の「男のロマン」をくすぐります

 

かいえい氏は

カネを手にした時点で

「新しい仲間」を「勝ち」得てしまいました

 

それは「負けて」犬死した後輩に対する

「裏切り」でもあります

 

痛烈な罪悪感から、鬱状態に陥り

何もできなくなるのも当然です

 

かくして、彼は

「仲間を裏切る」トラウマを反復し…

「新しい仲間」を失い…

自虐のスパイラルにハマります

 

才能あふれる彼が「成功」を不可能にする

神経症の軛から逃れるには…

 

後輩の死への罪悪感から自分を解き放ち

強い「責任感」をもって仲間を育てられる大人になる為には…

 

もう皆様お分かりですね

 

精神分析で根源的幻想を探求し

喪われた「仲間」から自分を解き放ち

新しい可能性を見出すコースが

イチオシで御座います

*1:最初は

なんや、このイヤらしいおっさん?

と思って観ていたのですが…

これまた欧米人だったら絶対出資しなさそうな

マジメだけど口下手、ダサダサな

家具職人さんに一目惚れして

「口も出すが、カネも出す!」

って申し出を結局振られていて

うーん、可哀想に…ってなりました

*2:例えば…

「父」が再起不能な程ヤラれてしまう=「対象」の喪失=

理想への幻滅

真逆に「父」にこてんぱんにやっつけられてしまう=「自我」の喪失=

自己不全感

の悲劇を反復する…トラウマとなってしまいます

【逢仏殺仏】「強い」ということは…

強い自分って何だ…?私の昔語り。 - 死体を愛する小娘社長の日記

 

上の記事で、ももはなさんにご回答を頂いたので

思うトコロを書いてみます

 

ももはなさんも書かれておられますが、

「強い」定義に「正解」などありません。

 

私の見解は「自分は強い」と感じておられる

ももはなさんに対して

あたかも「本当はそーではない」と主張しているかのような

印象を与えてしまうかもしれませんが

ブログで知り得た「ももはなさん」という仮想人物に

これまた貴方の想像の産物である「私」が

全く身勝手な妄想を繰り広げているだけ。

とでも思ってお読み頂けたら幸いです。

 

とりあえず、使用上のご注意をお読み下さい

neofreudian.hatenablog.com

 

常々感じていたのですが…

醜悪で極悪非道な同業者をやっつける

漢で「強い」ももはなさんのイメージが…

上記の記事で出てくる「パパ」とか

「ネズミ」もとい「オオトカゲ」とか

この記事の

キレるという事を理解した瞬間 - 死体を愛する小娘社長の日記

ノロイ」とか…

 

ウケを狙っている…?

のか、はたまた

恐怖や、忌避感を喚起しようとしている…?

のか…

可愛さをアッピールしているのか…

うーん、微妙すぎで、ドキドキします…

 

ももはなさんが、疑いの余地もなく「自分」を

「正義の味方」

であるかのように描いていたら

私はきっと …

彼女に心動かされることはなく

そっとブラウザを閉じていたことでしょう…

 

猛女ではあるが、女傑ではない

という言葉には…

 

愛する母との同一化に葛藤を抱え

猛毒を吐き「強い」ながらも

自らを快く「傑」とは言い切れない

ももはなさんの不全感が伺えます

 

という印象から、つけたコメントだったのですが…

 

御回答、及び続記事

オオトカゲの女王様は、棺桶の中で昼寝する - 死体を愛する小娘社長の日記

からもその印象は強まるばかりでした。

 

ももはなさんに限らず

人は皆「自分」という存在に

不可避な「欲望」と

それに伴う「破壊性」が故に

葛藤を抱く

というのが精神分析の鉄板で御座います。

 

エディプスコンプレックスの元ネタである

ギリシャ神話でも

ゼウスは父のクロノスを殺し

クロノスは父のウーラノスの性器を切り取って追放した…

クロノス - Wikipedia

という…

まあ…

なんと申しましょうか…

壮絶な父殺しのドラマが

あっちでもこっちでも繰り広げられております

 

新しいモノを生み出し

真の創造性の発露を可能にする為には

「父」という既存の権威を排除しなければならない

 

旧き良きモノを失う恐れから…

「父」は時に「息子」を殺し

殺意に晒されながらも生きながらえた「子」は

「親」を殺し、血みどろの手で

新しい王国を建国します

 

創造という過程には

時に

悲劇的で

暴力的で

壊滅的なダメージを伴います

 

ということで…

 

かの岡本太郎氏のおかげで

最近流行りなのでしょうか…

自由なネコさんも書かれておられますが

臨済禅師は言った。逢仏殺仏(ブッダに会ったらブッダを殺せ)と。+追記 - 自由ネコ

ももはなさんの語られる「逢仏殺仏」には

ギリシャ神話の「親殺し」の「象徴」に通じるモノがあると感じます

 

「逢仏殺仏」は既存のシガラミからの開放を以て

「解脱」を説きますが…

 

ももはなさんの「逢仏殺仏」は

「しかして何の感情も抱かず無字の境地」

で締めくくられています

 

仏を殺しても

父母を殺しても何の感情も抱かない

… 

ももはなさんの「解脱」の比喩は限りなく

凄絶な戦場から生還した兵士の「トラウマ」に近いモノがあるように

私には思われます

 

「安心感」を得るために殺戮の高揚感を繰り返さざるを得ない

自らの「毒」を痛切に把握するももはなさんが

自社の部下たちを養い育てる為に取った選択肢が

「白米と味噌になる」

というのは彼女がたゆまず御自身の葛藤を見据え

克服する努力を続けられた所以の「真実」であり、

「自信に裏付けされた強さ」でもあると感じます

 

私がももはなさんに初めて出会ってダダ泣きした(今読んでも泣ける…ヤバい)この記事で書かれておられるように

however-down.hatenablog.com

 

「汚い」死体を「キレイ」にすることで

醜悪で忌避される「死」をも

美しい追憶の要と成し得る

慈愛あふれる「私の」ももはなさんが

自らの「毒」をも「薬」とし

「女傑」な自分を輝かしく受け入れられている

と(私が)感じられるには

やはり、破壊性を制御し、

悲劇的な壊滅を回避する「可能性」を生み出す

「理想の父」なるモノへの葛藤についても

是非とも語って頂きたい

 

というトコロで…

まあ…

「本当」には知りもしない「ももはなさん」について

勝手に色々決めつけるようなことを書いてしまいましたが

… 

こんなに色々、精神分析の現場では分析家は言いません*1

とだけ付け加えて本日のトコロは終了させて頂きます

*1:取り敢えず、被分析家に徹底的に話して頂きます。

「猛女」について。

「女傑」について。

「パパの生き様」について。

頭目(ファザー)〜!!!」について。

ノロイ」について。

「逢仏殺仏」について。

そして…「生む!」と言った母と、

困惑顔の父について。

何でもかんでも洗いざらい吐露(=自由連想)して頂きます。

そして…

「解釈」は常に被分析家の口から

ポロっと出る時が一番「効き目」がある。

というのが私の印象です。

【資生堂のダルちゃん】ダルダルな自分を受け入れるということ

ダルちゃん、終わってしまいました…

 

がっかり…というか…寂しいというか…

 

微妙なトコロですが

 

ああ、やっぱりそこに落としたか…

 

って感じです。

 

ダルちゃんシリーズの最初の記事で、

【資生堂のダルちゃん】 擬態 と 自己愛の欠如 - 精神分析のススメ

ダルちゃんは自己肯定感のない人説

を説きましたが…

この記事で

【資生堂のダルちゃん】 愛し 愛される幸せの 奇跡 - 精神分析のススメ

あ、やっぱ、ちょっと違ったかな(*ノω・*)テヘ

と撤回致しました…

 

ダルダル星人の比喩は実は

「ふつーじゃない」自分に対する

自己否定感を表すモノではなく

母なるモノから分離し自我を確立し得なかった

「未分化な自我」

を表していたのでは…

 

というコトで落ち着いていたのですが

 

最終回に至る流れからは…

 

父なる理想を自らの内に見出し

母なるものから「分離」することを拒み

「未分化」なまま「母」となることを成し遂げる

自我のお話

 

って感じでしょうか。

 

この回で

「ダルちゃん」第44話 | ダルちゃん | 花椿 HANATSUBAKI | 資生堂

ダルちゃんは

サトウさんの彼が「堂々と」ダルダル星人でいるトコロを見て

「だってそんなの普通じゃない」

と激昂します。

 

普通じゃないから

いつも何かになりきらなきゃ

と感じて「頑張っている」人が

ダルダルでいられる「他者」に怒り、攻撃的になるのは

至極当然なことです。

 

だって、自分に許し得ないことを

他人が平気でしているのですから…

 

「何かに」ならなきゃ…

と頑張る人達は*1

「普通」は「自己否定感」の強さ故

忌避する「ありのままの自分」を否定するあまり

他者に「否定した自分」を「投影」し、

思う存分攻撃します。

 

45話でダルちゃんが分解してしまうのは

コウダさんは自分と「同じ」ダルダル星人で

彼を攻撃することは

自分を攻撃することでもある

というコトに気づいてしまった

ダルちゃんの

自我の崩壊

が描かれている

と感じます。

 

私にとって

ダルちゃんのお話で唯一モノ足りない

トコロがあるとすれば

ここの部分です。

 

「古い自我の崩壊」は一筋縄ではイキません

少なくとも心理療法の現場では…

 

愛するモノを守るために

攻撃性を圧し殺し

拒絶され、否定される

イタミから自分を守るため

頑張ってきた「古い自我」は強固です。

 

いままで、頑張ってきた自分を手放すのは

とてもコワイことです。

 

責めたい気持ち、

「私はあなたとは違う!」

と声を上げたい気持ち

どうしようもない怒りの感情に

どうしても翻弄されてしまうものです。

 

共感する立場のセラピストも

その怒りを前にして冷静に

「存在しないまぼろしを幸福の鍵だと思ってはいけない」

等と「解釈」できなくなってしまうことも

ママあります。

 

又、そんな「解釈」が更なる怒りを呼び起こすことも

ママあります。

 

ところが

 

場面はあっさりと変わり

46話のダルちゃんは

詩作に没頭しています

 

自己破壊のイタミを創作で昇華し

自分を刷新する

ダルちゃんは

理想的な「被分析家」と言えましょう。

 

ママ(もどきヒロセさん)から拒絶された

トラウマを克服し

「分離」を果たし、

「自我」を確立するには

外界への興味関心

「発達」の方向性を指し示す「父親的」ナニかが必要です。

 

ダルちゃんに

「普通であることは幻想でしかない」

と教示し、

ダルちゃんを「古い自分」の価値観から解き放つモノが

もう一人の「母」的存在であるサトウさんの恋人である

定石ならば、

抗い難い魅力を感じるか

徹底的に憎む対象となる筈なのですが

ダルちゃんにとっては「母」にくっついてる付属品にすぎない

扱いなのは

「父親不在」と言われる日本人の内的世界を象徴する

という点から大変興味深いトコロです。

 

女児にとって「父」なるものは

「母」に属し

自分には手に入らないモノである

 

そのことの絶望感を象徴するかのように

ダルちゃんは

理想の「父」になりえない

ヒロセさんと決別する決心を固め

サトウさんを心から祝福し

コウダさんを(母なるモノの)パートナーとして

無条件に受け入れます。

 

「理想」としての「父」を「求めない」選択は

「自我」を確立することを放棄することでもあるハズなのに…

 

ダルちゃんのお話は

喪失感に充足を見出し

終わりのない鬱に安寧を求める

「諦観」で終わりを迎えた

と私には感じられます。

 

それは期待することを諦め

裏切られることを拒否し

心穏やかに

ダルダルと、フルフルと

生きる決意なのかもしれません。

 

このお話に共感する皆様には

例えば…

 

精神分析で「理想の父」を回復することによって

ウィニコット様の言われる

【資生堂のダルちゃん】 母親に否定されるということ - 精神分析のススメ

アドレナリンがんがん

多幸感の高揚に浸る「本当の自分」を回復して

自己実現を果たす

という「もう一つのハッピーエンド」の可能性も見出だせます…

 

と申し上げたいトコロです。

 

ダルちゃんシリーズ、これで10記事にもなりました…

楽しみにしていた連載が終わってしまって

寂しい…

*1:杉田水脈氏とか、そんな感じですね

自覚なく破壊力ありすぎな言葉の暴力を振るうトコロが…