精神分析のススメ

海外在住メンヘル専門家。ヒップな精神分析をめざしております。

「人が嫌がることはしてはいけない」では何が悪い? その 2.

前回、「自分が嫌と感じること」が何なのか、反芻することが、共感力向上に繫がる、という趣旨の記事を書きました。ウザい出来になってしまったので、どうしても、その1.が、気になる、という方にしかお勧めしません。

 

neofreudian.hatenablog.com

その続きです。

 

「何で、君そんなに小さいの?」

と、言って友達を泣かせてしまった、けい君は、何故友達が泣いてしまったのか、

「分かんない、赤ちゃんみたいに泣く方がおかしい」

と、言って、友達を余計に泣かせてしまいました。確かに、泣いた友達は、些細なことでめそめそする、鬱陶しがられたり、いじめられるのも、まあ、分かるって感じ子でした。

 

とはいえ、あまりにも傍若無人で、ふてぶてしいけい君を、放置しておいてはヤバイ、と感じた私は、ちょっとぽっちゃり…というか、日本の感覚では、がっつり肥満体型のけい君に、

「じゃあ、君は『なんでそんなに太ってるの?』と言われたら、どう感じるの?」

と、聞いてみました。ぶすっとして、黙り込んでしまった彼を見て、子供相手に大人気ないことを言ってしまった、と思う反面、けい君にイラついていた自分は正直に、

「ふっふーん(満足)」

と思ってしまいました。

 

こんな私の対応で、けい君は共感を学ぶことはなかっただろうし、優しい気持ちにはなれなかったことでしょう。

 

共感の発達というと、必ず言及したい研究があります。(言及、研究。ふふっ。どんどんオヤジになってます。)とはいえ、誰がいつ発表したかも、もうすっかり忘れていますが…愛着研究家の論文だったように思います。

 

男の子達に、ママへのプレゼントを選ばせる実験でした。

 

おもちゃのトラックと、口紅をみせて、

「さあ、どっちをプレゼントしたら、ママ、喜ぶかなあ?」

というヤツで、

3歳くらいだと、ほぼトラック、

5歳くらいになると、口紅を選ぶ子もちらほら。

という結果だったように、うろ覚えております。

(しっかり調べんかい!と、お叱りの声が上がりそうですね。はい。その通りで御座います。Goo様にお伺いを立ててみましたが、該当する論文、さっぱり上がってきません。年齢等、アヤシイ記憶を手探りにでっち上げました。学術論文ではないので見逃してください。)

 

口紅を選べる、ということは、ママは女性でお化粧するから、という、他者視点でプレゼントを選べる、ということは、共感力ばっちり!というアメリカ人お得意の3段論法です(ほんまか)。

 

ちなみに、口紅=共感 という決め付けは、トラックより口紅好きなLGBTQの、GT男児を考慮してないのでは?というフェミな批判がクラスメートからあったことを一応付け加えておきます。

 

閑話休題、私がぐっときた結果は、ここからでございます。

 

3歳くらい時点での母子観察で、大きく分けて、

「トラック、欲しかったんだ、嬉しい!」と反応をする母親Aと、

「ママは口紅欲しかったな」と真実を告げる母親B

2つのグループに分かれました。

 

さて、5歳くらいになったとき、口紅を上げた子供の母親は、A、B, のどちらに属していたでしょうか?

 

当然、自分の要望を正直にきちんと伝えた母親B群、と思いません?

 

ところが、「トラック、嬉しい!」母親A群の子供達の方が、後に「ママの欲しい物は、何だろう?」と考えて、口紅を選べる子供に育った。という、結果でした。

 

子供の「プレゼントしたい」気持ち、「プレゼントしたら、ママ、喜んでくれるぞ!」という期待感に応えられる母親は、子供に、「じゃあ、どうしたらママはもっと喜ぶんだろう?」と自主的に考えられる、共感力を有する子供を育てるのです。

 

共感力は、「相手の(本当の)気持ち」という、「正解」を求める力ではありません。

 

自分の経験に照らし合わせ、独創的に他者の内面を考察する力、想像力の賜物なのです。

 

しつこいようですが、繰り返します。

 

喜んでくれるママだから、「もっと喜ばせたい」と、子供は欲するのです。この、「…したい!」がなくては、創造性は枯渇します。共感は浅薄な付け焼刃で終わります。

 

ですから、教育者の皆様には、「他人が嫌がることはしてはいけない」と、規制する前に、子供が何を感じて、思って、「非社会的行動」に至ったのか、思いやりを持って接することを是非とも心掛けて頂きたく存じ上げます。

 

「思いやり」を享受し、感じ入ることのなかった者は、「思いやり」のある人にはなり得ないからです。

ちなみに、私がけい君に対して、

「この子はきっと、心無い周囲の人間に、『何で、お前そんなに食うんや』みたいな事を言われるんだろうなあ」

という、しんみりした感情を抱けたのなら、もっと素直に「ごめんね」が言える瞬間をがっつり捉えられたのだろう、とは思うのですが。そこまで人間できてませんでした。

ごめんね。けい君。大人気なく、いぢわる言う大人で。

世界は冷酷だって、もう充分わかってたのに、傷に塩塗られてばっかりでは、そりゃ、ふてぶてしくもなるわな。