精神分析のススメ

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【資生堂のダルちゃん】好きなモノ

「ダルちゃん」第12話 | ダルちゃん | 花椿 HANATSUBAKI | 資生堂

 

ダルちゃん12話、読みました。

 

両手を挙げて降参です。

 

他人の心に訴えかけることのできる物語を紡げる人達というのは、精神医学や心理学で武装し、傷つき、病んでいる人の心を「癒そう」とするヤカラよりも、ずっとか「人の心」の機微をワカっておられるものなのだ、ということを思い知らされる描写力。

ヤラレました。

 

11話で、サトウさんからは、ダルちゃんに話しかけない、というのにもヤルなあ、と思っていましたが。

 

全くカンケーないかもしれませんが、ヴィゴッツキー(教育心理学とかではきっと名前がしられていそうなピアジェに並ぶ、ロシアの天才心理学者)のゾーン・オブ・プロクシマル・ディヴェロップメント(発達近範疇...とかかな?)という概念を思い起こすエピソードです。

 

ヴィゴッツキーは、37歳で早世する直前に、自己中心的言語の問題への取り組みとして書かれた、「思考と言語」という著書で有名です。

言語が、意思伝達(コミュニケーション)の為に発達したのだとすれば、子供の自己中心的な言語が大人になっても継続するのは何故か(それどころか、年とるにつれてどんどん酷くなる...)。

という、流石は、誰も話を聞かず、自分の言いたい事を大声で話すだけ、という印象のある饒舌なユダヤ人家庭で育った人の発想です。

そんな自己中心的な自我が、周囲に興味関心を持ち、新しい物事に取り組もうとする時には、自分の「可能性の範疇」にはあるものの、「ちょっと足りない」「ちょっと難しい」という課題が必要である。という考えが、ゾーン(範疇)です。

 

可能性の範疇に留まっている時間が長引くと、退屈です。

可能性の範疇から離れすぎるのは、不安です。やる気スイッチも入らないし、フラストレーションの原因にもなります。

 

屋上のサトウさんは、ダルチャンのゾーン(範疇)に入ってきた、やる気スイッチです。

 

押し付けられるのは、イヤだけど、イヤと言えない自分に自己嫌悪を感じているダルちゃんが「自分」を取り戻すには、(父親的機能とされる)建設的に「イヤ」と自己主張する以前に、それとなくゾーンに入り、

「欲しかったら上げるけど...」

的に、ダルちゃんの「好き」とか、「欲しい」とか、「知りたい」を優しく刺激してくれる誰かが必要だったのです。

 

4話では、一生懸命「頑張って」擬態しているダルちゃん。

そんな必死なダルちゃんに自分の良しとする(女性としての?)あり方を「勝手に押し付け」、「頑張る」ダルちゃんを「否定」する、邪魔で「悪い」母親的存在だったサトウさんが、12話では、ダルちゃんの世界の扉をそっと開けてくれる、「良い」母親に移行する瞬間が繊細なタッチで描かれていて、心が温まりました。

 

追記

32話のヒロセさん…

もろ、ダルちゃんの「好き」を受容し反映する母性に溢れまくっていて…

女(母)を魅惑する、理想の男(父)は、日本人の源風景には存在しないのでしょうか…

 

続きも書きました。

人は「良い」母と「悪い」母を根源的幻想に宿す、というメラニー・クラインのおっぱい理論について、ダルダルな私が気合い入れて書いてみました。

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