精神分析のススメ

1970年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざす狂気専門家のブログです。

息子に泣くのは良いのですが…

匿名ダイアリーで、こんな記事を読みました。

https://anond.hatelabo.jp/20170727102351

 

この記事に対するブコメを読んで、あまりにも、「良い話」という感想が多かったので、びっくりしました。

 

確かに、周りを省みずに猛アピールしてた男の子が、自分の為ではなく、妹の為にプレゼントを獲得したかったのに、貰えなくて大泣きした、というのは分かり易い美談だし、子供の悔しさ、悲しさに共感する人が多いというのは分かります。

 

が、この「お話」の書き方にひっかかるものを感じてしまいました。以下、記事からの引用です。

 

「6歳の息子は物怖じしない性格でぐいぐいと最前列に出て猛アピールを続ける。

3歳の娘は場の空気に圧倒されてしまったのか、少し離れた位置で参加したい気持ちと葛藤した様子でイベントを眺めている。

息子のあまりの食いつきっぷりにパフォーマーさんも少し持て余す様子。」

観察力、表現力共に優れた、自分の子供を客観的に見ている描写である、とは思います。

が、私にとっては、「親として、自分が子供を持て余している」 ということを、舞台の上の 「パフォーマーさん」 に丸投げして (こういった、本当は自分が感じていることを他人に投げる、という心理的操作を専門用語では「投影」と言います) いる様に感じられます。

 

再び、記事からの引用です。

「一向に作品をもらえない息子だが、一生懸命アピールすれば報われるわけではないことを知る良い機会だと温かく見守っていた。

しかし息子氏、よっぽどもらいたかったのか女子向けの作品にすら小さな女児を差し置いて猛烈にアピールし始める。

いや、むしろ女子向けのほうが激しくアピールしているほどだ。

そこは流石に空気を読む必要があることを教えねばと、戻ってきたら言い聞かそうと思っていた。」

 

私には、どこが「温かく見守って」いるのか分かりません。「放置」しているの方がしっくりきます。

私は、「放置」したことに対して、親御さんを責めるつもりはありません。

子供の感情は大人に比べて、強烈です。長時間、一緒に過ごしていれば、愛する子供でも、辟易してしまうのも当然です。自分が言って聞かせてもどうにもならんし、誰かに、がつんと言ってもらって、治めてもらいたい、という気持ちにもなります。自分では制御できない者を、放っておくしかない、という気持ちになってしまうのは、暴力的になる可能性に比較すると、無害ともいえるでしょう。

「温かく見守る」というのは、失敗の可能性を認めながらも、成功する可能性に賭け、距離を置き、失敗してしまっても、「大丈夫」と思い得る状況で、初めて成立します。

「戻って来たら言い聞かせよう」 とは違います。失敗するのが分かっていて、みすみす放置しているだけだからです。決して「守って」なんかあげていないからです。

きちんと躾けなければいけない、と焦るのであれば、日常生活の中で、暴走状態になる状況を把握し、そうなりそうな時に、「暴走しそうだね」「落ち着いて」「他の子も欲しいんだから、順番を守ろうね」「今、小さい子を押したよ。あやまろうね。」等、その場で声を掛けるなり、状況から一旦身を引かせるなり、衝動を抑え、自分を落ち着かせる方法を教えてあげておくことが必要です。失敗して、悔しくて、悲しくて、大泣きしている時に、叱られるのでは、子どもに、メッセージなんて入りません。

泣いて戻ってきたら、抱きしめて、受け止めて上げる気持ちでいられてこそ、「温かく見守る」と言えます。

 

再び、引用です。

「作品をもらえた子どもたちに肩身が狭い思いをさせるのも申し訳ないと、『だらしがない!』と叱りつけようとした」

 

「肩身が狭い」のは、一体どなたでしょうか?

子供は素直です。空気もちゃんと読んでいます。「作品を貰えた子供達」が、本当に「肩身狭く」感じたら、「僕の、あげるよ」と、自然に言うはずです。

子供が素直に「欲しい」という思いを持つだけで、「肩身が狭い」と思わせているのは、大人達です。

「肩身が狭く、申し訳ない」のは、「大泣きとかどんだけだよ」と、子供や、自分を、恥ずかしく思っておられるお父様だけではないですか?

「すごく欲しかったのに貰えなくて(できなくて)、悔しい(哀しい)」と思った(幼い日の)自分を受け止め、克服できていない、ご自身を赦すことができない親御さんが、「すごく欲しい」という衝動に翻弄される子供さんを、持て余してしまうのは当然です。

子供を持て余して、どうして良いか分からない状態を、「温かく見守る」という言葉で美化し、自己欺瞞に甘えていては、子供は混乱するし、可愛そうです。という気持ちで、ブコメさせて戴きました。

 

もう一つ、ブコメを読んでいて気になったのは、パフォーマーさんに対する批判の声です。

「子供がそんなに欲しがっているんだから、あげれば良いのに。」

という御意見。

 

それは、してはいけないでしょう。

 

「欲しがる子供にはとりあえず与えて、静かにさせろ」では、あっというまに、阿鼻叫喚の無法地帯になることが、確実だからです。

 

パフォーマーさんが、そこまで猛アピールしてくる子供にプレゼントしなかった、ということは、おそらく、「何や、この押しの強いクソガキは。」と、思われたからではないでしょうか。そのことに対して、「子供相手の商売なんだから、そんな無慈悲なことをしては(思っては)可哀想」という感受性自体には、私は問題を覚えません。

大人が、応えられない、又は応えたくないからといって、子供の要求を無視しては、子供の不満はつのり、傍若無人さは、エスカレートします。

そのような時、子供だから仕方ない、といって、無法状態を放置しておかれては困ります。

アピールが過ぎる子供がいて、他の子供や、自分にとって迷惑になりそうなら、「皆、1メートル離れて、静かにしてね。手を挙げて、ちゃんと待ってる良い子には、順番で作ってあげるからね。」等、どのように、自分の「欲しい」という気持ちを表現すれば、大人を含む、他者に、「こんなに欲しがっているのだから、上げたい」という気持ちになってもられるのか、プレゼントが貰える確立が高くなるのか、集団のルールに従った上での自己表現の仕方をきちんと伝えてあげて欲しい物です。

 

只、いつも思うのは、子供って強いです。

お父様が、その瞬間、叱ることを思い留まり、妹思いの息子さんに「成長したね」と、素直に感激の念を表せるのであれば、今は自分の衝動を持て余し、周囲にウザがられても、将来、情熱的に他者を思いやれる優しい男性に成長される可能性は存分にありましょう。

 

なんて、書きましたが…実は…続きです。

息子に泣くのは...やっぱり、良いです - 精神分析のススメ