【ダルちゃん】 母親に否定されるということ
「ダルちゃん」第41話 | ダルちゃん | 花椿 HANATSUBAKI | 資生堂
読みました。
数日前だったのですが…
久し振りにグッときました。
はるな檸檬さん、ダルちゃんの表情の描写がスゴイ…
ダルちゃんの感想、色々な方が書いておられますが、読んでいると、
「なーんだ、不全感を抱く女子をシアワセにするのは結局オトコなのか…
(つまらん、又はがっかり)」
みたいなのがタマにあります。
何度も書いてますが
ヒロセさんはオトコかもしれませんが、実は「ママ」もどきだ
と私は思っています。
ダルちゃんの「やめて」のすがり顔が…
母親にすがりつく子供の顔です。
胸が苦しくなります。
この記事で書き始めた
【資生堂のダルちゃん】 擬態 と 自己愛の欠如 - 精神分析のススメ
「偽りの自分」のトラウマの反復衝動が
ヒロセさんとの関係性でガンガン再起動してる。
というカンジを
胸に詰まる切迫感をもって描けるはるなさん
凄すぎる。
というワケで、
上記事ではがっつりコフート先生の概念とこんがらがっていた
ウィニコット様の「偽の自分」について、書いてみます。
「偽りの自分」とは
ウィニコット様の言う「本当の自分」が
周囲の心無い反応によって歪められたモノ
と言ってよろしいかと思います
「本当の自分」とは
キャッキャとはしゃぎ「興奮する赤ちゃん」が
愛情深く「暖かく見守る母」に受け入れられた
と感じる「内的経験」に根ざすモノ
であります。
ウィニコットにとって、「生きる実感」とは
息が上がって、心臓がドキドキする
…
まあ、
アドレナリンがガンガン出てサイコ~!*1
って感じですかね…
その身体的感覚が「母」なるモノに
「受容」されていると感じること
つまりは
「一緒に興奮してくれる対象」(=一緒に喜んでくれる母親)
が傍に居ることが必要なのだそうです。
ベアトリス・ビーブという
(少なくとも90年代のNYの)精神分析界隈では
神様級に崇め奉られていた研究者がおります。
こんなおされなPVまで作ってはりますねー
Mother-Infant Communication: The Research of Dr. Beatrice Beebe Promo - YouTube
びっくり。
彼女の研究は、赤ちゃんとママのやり取りをビデオで分析するという
クソ退屈…もとい観察に基づいた科学的、実証実験で
幼児の情動発達を周囲の大人が如何にサポートできるか
ということを明らかにしておられました。*2
中でも皆が
「スンバラシイ!」
とベタ褒めだったのは
赤ちゃんの真似を「上手に」できるママは
赤ちゃんが興奮して「ウッキー」となってきたとしても
なだめ、落ち着かせることができる
という研究結果です。
まあ、
赤ちゃんと対面した大人が
赤ちゃんが口を開けるタイミングで自分も口を開けると
赤ちゃんヨロコブ
みたいなのは70年代からずっとやってたのですが…
ビーブさんの研究は一言で言うと
赤ちゃんを上手にあやすのはどんなママ?
みたいなヤツで…
ママが赤ちゃんと一緒に声の抑揚を「コントロール(調節)」することで
赤ちゃんを「必要以上に」興奮させることなく
落ち着かせることができる
みたいなことをビデオを分析して証明されております。
「欲動」の「対象」が、如何に「自我」を「コントロール(制御)」し得るのか…
みたいな精神分析的理論を考えている人達には非常にウケてるワケです。
心臓バクバク、息はハアハア、アドレナリン、サイコー
な、お子様達は一見すると楽しさ全開ですが
放っておくとモノ壊したり、自分を壊したりして
ギャン泣き、サイテー状態と紙一重な危機的状態でも御座います。
この様な「危機的状態」にある、赤ちゃんが
「破滅」を経験することなく、たとえ自滅してギャン泣きになっても
その「興奮」状態から自分をなだめる能力を
Self-regulation(自己調整) とか
Self-soothing ability(自慰能力)
とか言うので
…
この記事でも書きましたが
【性依存症】 カエデさん その2.メンヘラと自慰力の欠如 - 精神分析のススメ
私は「自慰力」と呼ぶことにしています。
ママが一緒に興奮して
一緒に落ち着く
その経験がないと自慰力も発達せず
人は「欲動」のコントロールができず
「本当の自分」が破壊される恐怖に慄きます。
…
「偽の自分」について書くと言っておきながら思い切り話が逸れてしまいました
…
が、
興奮して生き生きしてる「本当の自分」がママに
「うるさいわね!」
とか
「あーもー鬱陶しいなー」
等と言われたり
冷たくガン無視されたりすると
さり気にトラウマになってしまい
常にイライラして(=他人をイライラさせる)
落ち着きのない
自慰力に欠けた
ADDなお子様達や
生きる力に欠けた(=退屈な)
ダルダル無気力なお子様達を
創り出してしまう
…
というのは何となくお分かり頂けましたでしょうか…
ダルちゃんの、
生まれたばかりの赤ちゃんの様に無邪気な
「私の言葉が、私の声が、ちゃんと皆に届いたの!嬉しい!」
という気持ちが
ヒロセさんの
「ごめん。その声はちょっと大きすぎで恥ずかしいから止めて」
という拒絶に逢う…
そして、その瞬間のダルちゃんの
「あなた(=ママ)に嫌われるくらいなら絶対に静かにするから…
もう、声なんか出さないから…」
という必死の懇願の表情が…
ああ…
突き刺さり過ぎて胸が苦しくなります。
ダルちゃん、自慰力が勝ち過ぎて「本当の自分」を殺してまで
ママを守ろうとずっとしてきたから
…
「生きてる実感」がないままダルダルだったのに…
今更、ダルダルに戻ろうとしても…
M男のヒロセさんと一緒なら、きっと般若化しちゃうと思うのですが…
それともママもどきヒロセさんを切り捨てて
女性性もかなぐり捨てて、自己表現の道を歩むのでしょうか…
「理想の父」と「愛する母」を再発見し愛し愛され…
「生産的」に*3創造性を発揮する可能性は
日本人女性には残されているのでしょうか…
次回は「母親を傷つけるということ」にしようか、
「母親が壊れるということ」にしようか、かなり悩みましたが、
これに落ち着きました…
【資生堂のダルちゃん】母親から離別するということ - 精神分析のススメ
書きたいことは沢山あったのですが…言葉がナカナカ出てきませんでした
離別のイタミはそんなに簡単に言語化できるよーなもんではないのかもしれません
怒りに狂う般若面の代わりに
感情を殺して能面をつけてしまうダルちゃん…
さあ、どうなってしまうのか…?
というお話でございます
ダルちゃんが終わってしまって哀しい…