精神分析のススメ

1970年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざす狂気専門家のブログです。

【精神分析】はイカガワシイ…?

先日

 

子供を育てる不安以前に

「自分の遺伝子がこの世に残ることが耐えられない」

 

という内容のツイートに

 

自己否定感が強すぎると、

自分の遺伝子はクソ

子供にナニも「良い」モノを与えられない

と絶望するのは当然です

…が、それを踏まえた上で

精神分析は「大好き」な自分を無意識の片隅に発見し

尊厳を回復しようとする試みです

 

というコメントをしてRTしました

 

このコメントは

「対象(=ママやパパ)」が

「大好き」な「自分」は同時に

「自分」も「大好き」という

自己肯定感のテンプレであり

「自分の(=親の)遺伝子クソ」

という痛烈な自己否定感と親への恨みツラミを

抱えた人にとっては

程遠い感触でしょうが…

 

かつて「誰か」を「大好き」だった自分は

いたはずで

今は見失ってしまっているだけで

無意識の何処かにきっとある!

と信じて一緒に自由連想していくのが

精神分析というビジネスで御座います

という意味を込めた

私的にはかなり力の入ったモノだったのですが

まあ、分からんやろな…

と思いながら寝に入って

翌朝、すっかり忘れていた

20余年前

初めて分析を受けていた時の経験を

ナマナマしく思い出してしまったので

書いてみます。

 

精神分析はけしからん

 

という人達は

アメリカの大学機関には結構沢山います。

文学、哲学系では

それ程顕著ではなさそうですが…

心理学部の教授、特に臨床の先生方には

精神分析を憎んでいる方もいる

と言ってよい程です。

 

多種多様なご批判がありますが、

根底にあるのは

イカガワシイ」

だと私は思っております。]

 

「転移」という専門用語が御座います。

 

精神分析をしていると

患者さんが医師に

あたかも恋をするかのような

情熱的な感情を抱く

という現象が起こります。

 

精神分析ではそれを「転移」と呼び

「技法」として「確立」しています。

 

患者の疑似恋愛的情熱は

親子関係における原初的な葛藤と切望が

医師との関係に「転移」されたモノである

 

とされ「自由連想」や「夢」と等しく

幻想への入り口として

自己探求を深める手段

として「使われ」ます。

 

フロイト教授のお友達の

非モテな)既婚のおっさん医師が

自由連想法を用いてみたトコロ

魅力的な若い女性患者に言い寄られて

びっくり仰天

治療を中断して

奥さんと第二の蜜月旅行に行ってしまった

などは…

分析を(フロイト教授に)丸投げした

という点においては

絶賛無責任ですが、

まだ「良い」方です。

 

患者と不倫の仲に陥る不道徳な分析家が続出し

問題になりました。*1

 

セラピストや医師が患者と、教師が教え子と

力関係が歪な恋愛するのは

アリがちな「不道徳」ですが、

その「情愛」を「技巧」の一端として

推奨するのは「精神分析」のみ

と言えましょう。

 

イカガワシイ」と思われてしまう所以はそこにある

と私は思っております。

 

 理論的には

原初的欲動(=性愛の萌芽)は

親子関係に立ち現れるので

恋愛のテンプレートは親子関系にある

といえます。

 

厳密に言えば「恋愛」自体

原初的欲動の「転移」であり、

「妄想」にしかすぎない

 

くらいなことを、どっかで

フロイト教授は言ってた気がします。*2

 

ただね、びっくりするんですよ。

こっちも。

分析受け始めて、2−3週間位でよ。

そもそも自分の性的嗜好と全く噛み合わない

精神分析家という肩書以外はナニも知らない

どこの誰かも分からんしょぼいおっさんによ。*3

いつもの自分のおかず幻想とは

全く関連性のない性的妄想が

何の脈絡もなく*4

浮かんでしまうと

こっちとしては

とうとう気が狂ったか?!

と思うわけですわ。

理論上はそーゆーことが

あっても当然とは「理解」すれども…

「一体全体、何でこんなことが?」

って混乱するし、

クッソ恥ずかしくて

過呼吸になりそーになりながらも

「カクカク云々こんなん出てきてしもたんですけど…」

と、言ってみたトコロ

彼は

「そんな強烈なんが

こんな初期段階で出て来るのは

ちょっとヤバイですな…」

みたいなことを

モゴモゴ言わはるし…

 

今となっては分かるんですよ。

信頼関係が出来上がってもいないのに

性的幻想を抱いたって

言ってしまうとか…

境界例的な露出傾向で

「ヤバイ」言わはるのも納得ですわ。

自分でも

「いくらなんでも、この幻想はヤバイ」

とは思いましたよ。

 

けど、それと同時に

「教科書通りの展開で、自由連想的に

性的な妄想を分析家に抱いてしもただけのことやのに

何がヤバイねんや!

ちゃっちゃと『解釈』して

カタ付けてくれへんねんか!」

という、不満も出てきてしまったんですね。

 

「大体、あんたらかて、

『現実』では性的妄想を若い子らに*5

抱いてもらうような

大層な見てくれではないんやから

本当はめっちゃ嬉しいんちゃうんかいな!?」

という、まあ、被害妄想的と言えば

被害妄想的なコトまで思ってしまったり。*6

 

今となっては分かるんですよ。

 

性的幻想に限らず

他者が自分に抱く妄想について

深く探求していくことは

時に

エキサイティングで

背徳感を伴うヨロコビを

分析家にもたらすと同時に

恐怖や不安を掻き立てる

オソロシいモノでもあり得る

ということも。

 

なる程!

と、うならずを得ないような

穿った「解釈」をしてくれるだろう

という期待に反して

ふんふん聞くだけの

分析家に「幻滅」してた

 

ということも。

 

「自我」を貫き通す(男根的な)「解釈」を

期待していたのに

劇的な展開もなく

「退屈」するのがコワかった

 

ということも。

 

そしてその「幻滅」も「退屈」も

自分の父親との関係性の追体験だった

 

ということも…

 

今となっては「分かる」のです。

 

当時私にとって人生一大の「危機的」

な状況で受けた

初めての分析は

 

劇的な展開で問題解決!

 

には至りませんでした

が…

分析の中盤…

始めてから1年程経った頃でしょうか…

 

「さよなら」も言えないまま

父親がいつの間にか

何処かへ行ってしまって

とても寂しく

がっかりした夢をみて

 

失望感と怒りとフラストレーションで

すっかり見失っていた*7

父親が「大好き」だった「その時」の自分を

思い出させてくれました。

 

ということで、

精神分析イカガワシイ

と思われてしまっても

仕方がない

キワドいビジネスですが

そんじょそこらの

チープな恋愛(=妄想)なんかより

「愛し愛される」可能性を探求する

余程エキサイティングで

心愉しい過程でもある

ということが

お分かり頂けたら良いなー

と願い、

恥をしのんで

書いてみました。

*1:いや、今でもちょくちょくありますがね…

ついこないだも

スーパー著名なベテラン分析家が

患者を手篭めにするという

スキャンダルが明るみに出て

問題になりましたわ。

自己愛オーラがガッツリ出ていたので

個人的には大嫌いでしたが

年齢を重ねてから懲戒処分されて

仕事干されて、家族も失って

流石にちょっと可哀想でした。

雑魚がやってもそこまで晒されないのに

有名所がやると皆に叩かれるというのは

仕方がないとはいえ…

*2:すみません。

どの論文かは覚えてません…

ロイディアン失格なので

*3:因みに私はゲイではありません

*4:何かきっかけはあったはずなのでしょうが覚えてません

*5:私も当時は自分が「若い」と思っていました

*6:彼もゲイではなかったと思うし…

私のゲイダー(=ゲイ・レイダー=ゲイ探知能力)は

精密さに欠けているというウワサです

…が、某著名ブロガーさんと、某有名AV男優さんの結婚話

彼女がゲイで彼がバイなのを隠蔽する為じゃないか、

と思っています

*7:「昔はお父さん大好き」だった「事実」は覚えていたのですが…