精神分析のススメ

しがないメンヘル職人です。70年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざしております。

【死刑】とトラウマ:【アンダーグラウンド】を読んで

神戸の震災、そして地下鉄サリン事件が起こった1995年、私は丁度、東京に住んでいました。

 

とはいえ、事件のあった都心からは離れた場所で

家にはテレビもなく、

ああ、そんな事件があったのか…

という「他人事」な印象しかありませんでした。

 

少し前に起きた神戸の震災もサリン事件も、

しばらくは被害の甚大さも把握できなかったし

実感もわかなかったことをぼんやりと覚えています。

 

911の同時テロの時にも

NYCで学生をしていましたが

学校が休みになったことしか

事件の実感がないまま

テレビのない家に引き篭り

プエルトリコの旗があちこちに翻る

スパニッシュハーレムと呼ばれる

ご近所一帯が

一夜明けたら

星条旗を掲げているのを

「他人事」ながら

「何かがオカシイ」という違和感と

そこはかとない恐怖を覚えて見ていた感じに

少し似ているかもしれません。

 

重大な事態に面して

どうやら私は

「ウソみたい」と非現実感や

「自分には関係ない…」と疎外感で

反応する傾向が有るようです。

 

オウムについてはバラエティ番組で興味をソソる

集団として取り上げられていたようですが

家にテレビがなかったので

ほとんど何も知りませんでした。

 

サリン事件のちょっと前、

スーパー高学歴なお友達一家と

連絡が取れなくなった親が

「あそこの家族はハイスペックだから

オウムに拉致されたんじゃないか…」

と、おちゃめな心配をしていたことから

オウム=優秀な民間人を拉致する白い服着た不気味な団体

という印象はあった様に思います。

 

1995年の夏に渡米する予定だった私は

オウム事件に無関心なまま

日本を去りました。

 

が、去年の12月頃でしょうか

図書館で

村上春樹の「アンダーグラウンド」を見つけて

読了した3月頃にこの記事を読みました

麻原彰晃死刑囚の三女・"アーチャリー"松本麗華さんが父の治療を訴え続ける理由 | AbemaTIMES

 

麻原彰晃心神喪失状態で裁判が行われ

刑事責任を問われたこと

 

呼びかけに反応せず、排泄物垂れ流し状態で

被告人質問があったこと

 

日本は法治国家ではない

と私は思いました。

 

精神科で入院の決め手になるのは

「自分、又は他人に害を及ぼす危険性があるかどうか」

です。

 

言い換えれば、自殺も殺人も「精神疾患」の症状の一つである。

ということです。

 

「犯罪」はトラウマです。

「腑に落ちる」「真実」の究明がなされないままでは

「暴力」を乗り越えた実感がないままでは

「反復」の衝動に駆られ

同じトラウマが繰り返されます。

 

犯罪者が如何に罪を犯すに至ったのかを

「理解」する努力を怠り

罪人を「倫理観の欠如したキチガイ」として処刑することは

新たなる「キチガイ」を生み出すことにしか

繋がりません。

 

「気持ち悪い」オウムの事件に無関心だった私は

日本の「気持ち悪い」部分から逃げ出すことで

トラウマの反復に貢献する

一員となったのです。

 

前置きが長くなりましたが、ここからが感想文(?)になります。

 

アンダーグラウンド」の序文を村上氏は

夫がサリン事件の後遺症で職を失った妻の手紙

との邂逅で始めています。

 

彼はその手紙の文章を

「どちらかといえば物静かで、むしろ『愚痴っぽい』…かもしれない」

と感じつつ、疑問を抱きます。

 

「不運にもサリン事件に遭遇した純粋な『被害者』が、事件そのものによる痛みだけでは足りず、何故そのような酷い『二次災害』まで(それは言い換えれば、私達のまわりのどこにでもある平常な社会が生み出す暴力だ)受けなくてはならないのか?」

という疑問は彼の頭に消し去ることの出来ない「大きなクエスチョンマーク」を残し、

「かくのごとき二重の激しい傷を生み出す我々の社会の成り立ちについて、より深く知りたいと思うように」なります。

 

トラウマ=傷 を理解する為に村上氏は被害者へのインタビューを決心します。

 

サリン事件は『キチガイ』の犯行であった」

という「解説」で片付け

オウムの幹部を処刑することでは

「傷」が癒やされないことを

彼は知っています。

 

彼のインタビューは、各々は短いながらも62人という多人数に及び、

インタビュイーの描写といい、質問の仕方といい、

あたかもトラウマに対処するメンヘル職人の様な緻密さを

呈します。

 

この記事にあるように

「他人のトラウマ」で相撲をとるということ (4/5) | プレジデントオンライン

「被害者にあくまで寄り添いながら、ひとりひとりの人間性の可能性と限界を非情なまでに浮き彫りに」

しており、読むのに大変時間がかかりました。

 

村上氏はあとがきで

サリン事件時の行政の混乱と過失の原因を

「閉塞的、責任回避型の社会体質」にあるとし

戦時中の帝国陸軍のあり方に重ね合わせて

無意味な愚行と悲劇が歴史の中でむなしく看過されてしまう原因

としています。

 

それと同時に、彼は

サリン事件が投げかける後味の悪い黒い影」を

地底の深い闇に住みつく、おぞましく邪悪な生き物から逃れる「物語」になぞらえ、

解き放ってはいけない邪悪なモノ=許容不可能な暴力性

としています。

 

ここ2−3日のツイッターを見ていると

(私のTLは恐らく「日本」の反応とは言い難いのでしょうが…)

「後味の悪い黒い影」は

村上氏が思うような

私達に内在する許容不可能な暴力性というよりは

その存在に対する私達の恐怖と嫌悪感なのではないか

と切に感じます。

 

オウムを生み出したのも

被害者への二重の暴力を振るっているのも

社会不適合な「キチガイ」を排斥し、

恐怖し

嫌悪し、

放置する

不寛容な私達なのではないでしょうか…

 

オウム信者が如何に

麻原の「粗暴で滑稽な物語」に執心し

心を歪めざるを得なかったのかを

「理解」しえないまま

死刑が執行されてしまった今

「めじるしのない悪夢」から抜け出す為にも

各々が、喪失を受け止め

失われたモノの存在意義を確かめ

「喪」に服すことで

「赦し」と「再生」が得られることを

祈るしかできないのでしょう