精神分析のススメ

1970年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざす狂気専門家のブログです。

【インサイドヘッド】感情のパラダイムシフト

しばらく書こうと思っていて放置していたネタです。

 

かなり昔の映画ですが…

 

感情、脳神経学、児童発達の学術分野で最先端の情報を考慮して作られた

ピクサーインサイドヘッド。

 

www.youtube.com

 

 

主人公の女児

ライリーのインサイドヘッド(頭の中)の描写が

専門知識を踏まえていて

うーん、ヤルなーと思ったのですが

心理学、精神医学、文化人類学、脳神経学、ナドナドの

欧米哲学を土台とする「感情の存在意義」の大前提が

はたして

文化を超えて日本の一般民間人に伝わるモノだろうか…

と思って

日本語のまとめサイトをちら見してみましたが

やはり…

イマイチ分かって貰えてない^^;

ってなったので

書いてみます。

 

日本人的には 「感情」といえば「喜怒哀楽」と、4つですが

英語では5つの基本的感情(ベーシック・エモーション)

というのが定番です。*1

 

これが、インサイドヘッドの

「ヨロコビ」

「カナシミ」

イカリ」

「ムカムカ」(嫌悪)

「ビビリ」(恐怖)

として描かれています。

 

私のざっくりとした印象では

少なくとも「心理学」では、従来

 

「感情」= 動物的「本能」の表現

 

即ち、

生存確率を高める利益在るもの→快→接近

生存確率を低下させる不利益なモノ→不快→回避 又は 戦闘

 

させることで、個人の「生存」確立を高めるモノ

としての存在意義を確立していました

 

「怒り」(Anger)は自分に害をなすモノを排除するために(戦闘

「嫌悪」(Disgust)は毒物を回避するために

「恐怖」(Fear)は危険を回避するために

「喜び」(Joy)は生き延びるために必要なモノを得るために(接近

 

と、まあ、分かり易い「機能」が与えられているのですが…

 

ミルクをこぼしたくらいで泣くんじゃーねーぞ

(Don't cry over spilled milk)*2

ということわざからも汲み取れる

「いつも笑顔でいたい」

絶賛ポジティブなアメリカンにしてみたら

 

「生き延びるために何の役にも立ってない

『悲しみ』の「機能』って、一体何なのよ?!」

 

って事なのでしょうね…

 

もののあはれ

とか言って、喪失に美を見出す日本人とは相容れない

メリケンの合理主義的(プラグマティック)な哲学では、

いつまでもメソメソしてると

 

「悲しみ」=「メランコリー」=「鬱」

 

って感じであっという間に

「悲しみ」=「病」

にもなってしまう

 

という側面にも通じるモノがアルと思います。

 

 

日本語サイトみてたら

やはり

「悲しみがあるからこそ喜びが光り輝く…」

みたいなコトになってて…

 

おおぅ…

流石は日本人の心に響く「解釈」だが

それはちょっと「違う」んちゃうんか…?

ってなりました。

 

心理ヲタク路線まっしぐらな私的には

お話のクライマックスで「ヨロコビ」が見出した

「カナシミ」の存在意義とは

(日本語サイトの売り文句のように

「あんたみたいな冴えないヤツが居るから私が光輝くのよヽ(^o^)丿」

ではなくて)

アメリカ心理学における

『感情』の存在意義のパラダイムシフトやんか!!!!!!」

と胸アツになります。

 

パラダイムシフトってどゆことかというと

 

哲学の影響色濃く

個人の精神性に注目して発達してきた心理学も

 

文化人類学(猿の行動)や

遺伝子学等(種の保存)の影響で

 

感情=個の保存

から

感情=個体間のコミュニケーション=種の保存

 

へとシフトしてきた。

ってことです。

 

「ヨロコビ」が「カナシミ」との冒険の果に得たモノは

自分たちの存在意義が

「不快(死)」を排除し「快適(生存)」を得る

功利的(プラグマティック)なモノではなく

(カナシミのお陰でヨロコビがキラリと輝くって訳でもなく)

「共感」を通じて

他者との繋がりや集団の結束を深める役割だった!

という「気付き」だった

ということで

欧米心理学の転換に思いを馳せ(ホンマか)

何回観ても涙腺が崩壊します。

 

もののあはれ」について語り

分かち合うことで

他者との繋がりを育む日本人的には

「悲しみ」の存在意義が

他者の「同情」や「支援」を誘発し

他者との結束を強める

ということや、

悲嘆に暮れる時には

友人家族の理解が必要で

悲しみを通じて絆が深まるなんて

そりゃ当然。

としかなりませんよね。

 

と、言うわけでそろそろ1,500字を超えたし

読者も離脱してるだろうし…

 

私の「考えの列車」*3も減速気味なので…

もー寝ます

お休みなさい

*1:たまに「驚き」が入ったり、異文化比較では「愛」が加わったりもしますが…

*2:おっぱい=母 をなくしたくらいで泣くな

ってコトやろ、と私は密かに思ってます

*3:これも、日本語では分かりませんが、

Train of thought 「思考の繋がり」とか「脈絡」

という慣用句で、言葉遊び大好きな私的には

たまらんワケですわ