分析的解釈 と 【精神分析】
最近、遅ればせながらツイッターにハマって更新が滞っておりました。
調子に乗って、ブコメやツイッターでは、かなりフロイディアン(クレイジー)なインタープリテーション(分析的解釈)をかましたりもしていますが、ブログでは良識的(というか、最後まで読むのがウザい?)な私。
誤解が深まる前に、精神分析的治療と、精神分析的解釈の違いについて、説明しておこうかな、と思います。
ヤノユウさんに、大根
のメタファーについて、ご質問を頂いたので、図に乗って以下の回答をさせて頂きました。
曲がりなりにも、ネオフロイディアン名乗っておりますので…
— neofreudian@はてなブログ (@neokleinian) 2018年1月24日
大根は、語感からも形状からも男根。
初めは男根、もとい、大根から逃げるものの、切っておでんにする、ということは男性性にまつわる葛藤を、去勢によって解決しようとする強迫観念の象徴であると思われます。
おでんの闇は深い…
まあ、こーゆークレイジーな解釈が冗談ではなく、ガチに心理療法の臨床現場でまかり通っていた時代もありましたが、そんなん、フロイト教授や、ミセスクラインが現役バリバリでやってた古き良き時代の話です。
今は精神分析も流石にそこまで尖っていません。
もーちょっと良識的です。
とは言うものの、強迫神経症の患者さんに
「あなたの強迫観念の芯には死の恐怖が在ります」
とか言ってしまって、例え患者さんが
「そーだったのか!」
と納得されたとしても、症状が軽減することはまずありません。
逆に、死の恐怖が増大して症状が悪化してしまう可能性の方がアルアルかも…
ってな感じです。
精神分析家も、クレイジーなだけではありません。
良識的で、賢い方々も沢山おられます。
分析的解釈ががっつり「当たり」でも、患者が良くならないなら、精神分析的治療は如何にあるべきか。
という問題について(私も)日々、真摯に向かい会っておられます。色々と小難しい理論も沢山あります。
が、まずは、原点に立ち戻り、リビドー(欲動)と精神病の治療について、書いてみたいと思います。
フロイトは
精神病は、ワイは催眠療法の才能がからっきしやったので 自由連想を通してリビドーの(病的)固着を解き明かし、解消することで治療できる
みたいなことを主張しました。
これは、どーゆーことかというと(この辺、がっつり私的な読みですが…)
何か嫌(不快)なことを克服できないと、そのことで(無意識の)こだわりが生まれてしまう。
そーなると、後々大変なことになりますよ。
どーゆーふーに大変かと言うと、他人どころか、自分でも理解できない様な病的(クレイジー)な行動に表れてしまいますよ。
自分ではどうすることもできないクレイジーな思考や行動を解消するには、今のクレイジーな行動の原点にある不快感を覚えた出来事についてお話しましょう。
元々の不快な経験が何だったのかが分かれば、今の理不尽(クレイジー)な行動を取る必要がなくなります。
って感じですかね。
元々の不快な経験が何だったか分かったところで、それで今の病的な志向が失くなるなら、
例えば
毒親のせいで私には自己肯定感がない
と「当たり」な解釈を自分で得て、毒親とは縁をきっちゃった人達は、
例えば、自由ネコさんの記事
自己肯定感が低く、生きづらさを抱えている人が最初に取り組むべき事 - 自由ネコ
に書かれているように、
子供の頃に親に肯定されなかった分を、今からでも取り戻してください。
自分で自分を肯定しまくって下さい。
何度でも何度でも。
自然に自己を肯定できるようになるまで。
って感じに頑張れば(あ、頑張っちゃイケナイのよね)健全に生きていける筈。
なのですが、そーは問屋がおろさない。(いや、自己分析でガンガン自分を変えていけるスゴイ人達も沢山いますよ)
自己分析もソコソコいけますが、精神分析の本領はやはり、分析家と密に詰めていく過程で発揮されるモノだと思います。
坂爪さんの記事
を読んで思ったのですが、自分が恐れていることにたった独りで向き合うなんて、コワイじゃないですか。
楽しくないとできません。
自分の一番コワイ、見たくない部分を一緒に覗く「誰か」になるのが、精神分析家だと、私は思っています。
坂爪さんの「裸になる」メタファーについては、まだまだ書きたいことがあるのですが、ここまでで、もう既に3時間くらい掛かってます。
オーマイガー!どんだけ書くのに時間がかかってるんや!やってらんね~!
ってなりますよ。
ええ。
ですから、きっとツイートの方が向いていますね。
疲れたので、唐突ですが、今日はこの辺でお終いにしようと思います。
とりあえず、精神分析的治療を受けても、
「ふーむ…ということは、5歳の時のその経験から、去勢願望が強迫観念として植え付けられたのですね」
みたいな、クレイジーなことは(真性フロイディアンとか、クライニアンならアリかも…)言われませんから、ご安心の上、是非ともご査証下さい。
ということが言いたくて、この記事を書きました。
精神分析で自分の闇を廻間見るのも、ナカナカ、素っ裸になる興奮を伴って、エキサイティングですよ。