精神分析のススメ

海外在住メンヘル専門家。ヒップな精神分析をめざしております。

トラウマ

について、フロイトの「快楽原理の彼岸」という論文があります。

 

フロイトが、「タナトス」という、「リビドー」に相対する衝動を初めて打ち出した論文なのですが、当地のメンヘラ業界内では、「臨床に生かせない」、「ザル(お野菜なんか洗う時に使うやつです)な論理や」(しっかし、そんなん言い始めたら、彼の理論全部ザルちゃうん?と私は思うのですが)と、めっちゃ評判が悪いこの論文、私は大好きなのですが、それについて書こうとしたらもう、さっぱり訳わかめになりました。

 

ので、あきらめて。

 

元々上野さんの良記事に触発されたので、トラウマが消えなくて困っている。という問題に集中しようと思います。

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まず、トラウマというのは、消えない傷だからトラウマなのです。

 

一度事故にあったり、盗難にあうと、保険金が上がります。事故や、盗難に遭う人は、不注意だから、又きっと同じことが起こる確率も高い。という理由付けをするのかもしれませんが、私は、「トラウマ」の理論だと思っております。不運に遭った人は、それを「克服できた(傷が癒えた)」という実感がない限り、その記憶を「完結した(傷を癒した)物語として納める」ことが出来ない限り、同じく「理不尽な」不運を惧(おそ)れ、繰り返すからだ、と理解しております。

 

では、その「克服できた」という実感が如何に得られるのか。「繰り返そうとする衝動」を、どうしたら解消できるか、ということを様々な心理療法精神分析や、トラウマ専門の治療では試みるのです。

 

ということなので、下手に素人が名前なんか付けてしまうと、にっちもさっちも行かなくなってしまう、という上野さんのご意見、全くもって、御尤もで御座います。

 

以下、精神分析的トラウマ対処をざっくり説明させて頂きます。 如何にトラウマを克服し得るか、に焦点を当てているので、楽観的です。トラウマ その2.も併せてお読み下さい。

ある分析家が講義で、「トラウマは、原因となった『現実の出来事』以前に個人が抱く妄想、幻想がなければ存在し得ない。」という内容のことを言っていました。成る程、とは思ったものの、彼女の言わんとするところが本当に「分かった!」と感じるまでかなり時間が掛かったように思います。

 

例えば、「死ぬのが怖い」と思って戦場に臨んだ兵士が、実際砲撃に会って、生き残ると、それがトラウマになります。

 

「撃たれても生き残った、という現実」を陵駕する妄想、幻想がそれ以前からあったため、「撃たれたのに生き残った」という現実が入り込む余地がないということだと、(もしかしたら全く異なる意図だったのかもしれませんが)かなり後になって実感しました。

 

その為、「撃たれて死ぬ」幻想を繰り返す。「生き残った」実感が得られず、「撃たれる(攻撃される)のが怖い」又は、「自分はあの時死ぬべきだった」という気持ちに固執してしまう。

 

その無意識的(又は意識的)「繰り返しの衝動」が、トラウマの原点なのです。

 

「死ぬのが怖い」なんて、全ての人が抱くものだ。といわれるかもしれません。が、個人的に抱く「死の恐怖幻想」は、様々です。

 

個々人の持って生まれた性質に加え、生後間もない幼児期の体験によって色づけ、形付けがなされるものだからです。

トラウマと言う言葉が、元々は、帰還兵の生死に関わる恐怖体験を意味するものだったにも関わらず、対人関係のトラウマにも当てはめられるようになったのには、精神分析の理論に因る所でありましょう。

 

というのも、精神分析では、幼児期の「おっぱいが口の中にない!」という体験を、「どうしよう!死んじゃうー!」とか、「生きてられへんやんか!どうにかせー!」という、生死に関わる幻想の根源としているからです。

 

余談ですが、子供を見ていると時々、なんでこんなくだらないこと(ぬいぐるみがふとんからおっこったとか、擦りむいて血が出たとか)で生きるか死ぬかみたいな迫力で怒ったり、怖がったりするんだろうって、思うことありませんか?

 

トラウマ的に苦しい状況を繰り返される皆様には、「認知行動アプローチで、トラウマ対処法を身につけた上で、興味がおありでしたら精神分析をお試しください。」と言いたいところです。

古き良きフロイトの時代と異なり、「無意識の衝動」を、意識化するだけでは、「衝動」に打ち勝つことは難しいとされている為、いきなりトラウマ眩想にアタックしていくのはとても危険だからです。

自身の不安や恐怖の根源にある幻想と立ち向かおうとすると、じっとしていられないくらい、掻き立てられたり、信じられない程に、強烈な感情が湧き上ってきたりして、どうしようもなくなってしまうことも、ままあります。

まずは、それを「一緒に乗り越えてくれる」、という信頼感を抱ける相手(治療者に限ったことではありませんが)をじっくりお探しください。又は、そのような信頼関係を作り出そうと試みることです。その過程そのものが、トラウマ解消への第一歩になり得ます。

それから、次にトラウマ的出来事に遭遇なされた時には、ここがチャンス、正念場、と心構え、「克服感」を抱き、トラウマという「繰り返しの衝動」から抜け出す為にはご自身がどの様に振舞えばよいのか、どの様な「結末」をトラウマという「終わりのない幻想」に与えなければならないのかを、じっくりお考えになっては如何でしょうか。

そして、誰かに「トラウマに苦しんでいるの」と告白されたら、「そんな辛いことがあったんだ、大変だったね」だけでなく、「どうやって乗り越えて生きてきたの?」と、「どこからそんな強さが出たの?」と、彼等が彼等の「繰り返しの衝動」を乗り越えるべく、「克服の幻想」を創り出す可能性を膨らませる過程に、寄添ってみては如何でしょうか。

トラウマは、消すことはできませんが、癒すことはできるのです。

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