精神分析のススメ

1970年代のNYCで一世を風靡したヒップな精神分析の啓蒙をめざす狂気専門家のブログです。

息子に泣くのは...やっぱり、良いです

一応、前回の続きです。

 

neofreudian.hatenablog.com

子育てに、御意見申す!っていう感じの記事には、コメントつくんですね。

30記事書いて、初めて反応があったので、とても嬉しいです。

 

でも、ちょっと誤解を生んだかな、と思ったので、リベンジします。

 

私は基本的には、こうしたら良い、こうしましょう、みたいに、具体的な示唆はしないようにしよう、と意識しながら、ブログを書いてます。

が、にじみ出てしまうのでしょう。

私だったら、こうありたい。理想はこうあるべきだ。って、抽象論をかまし続けるのにも、限界がありますからね。

 

仕方ありませんね。大きな課題です。

 

「患者相手に正解を提示してはいけない。」

というのは、分析家の座右の銘とも言えます。それどころか、何を聞かれても、

「応えるな!まず、詮索しろ。」

と、特訓されます。

 

何故そのことが、その瞬間、聞きたくなったのか。そのことを知ることが、相手や、自分にとってどんな意味を持っているのか。何故、重要なのか。質問にまつわる幻想を、徹底的に詮索していると、応えることが無意味だったり、患者自身の自己探求の妨げにしかならないことが明らかになってしまうことが、儘、あるからです。

余談ですが、これって、性格によるのでしょうが、初心者時の私にはとても難しかったんです。「聞かれちゃったんだから、応えないかん!」って、強迫観念が拭えなくて。

 

やっちゃいけないって、分かっちゃいるけど、聞いてばかりでは、御意見、言いたくなってしまうんです。困ったもので、大きな口を開いてしまうのです。

 

前回の記事では、私の、

「情動を上手く制御できない子供には、このような対応をしなければならない」

という、欧米バイアスがっつりの意見が滲み出てしまったな。という意味で、残念な仕上がりだったと、ブコメを読んで感じました。

 

お話としては、素晴らしいと思うんですよ。我侭坊主だと思っていた息子が実は、妹思いの良いお兄ちゃん。息子君の、そんな自分を理解してくれない、応えてくれない周囲に対するやるせない気持ち。お父様も、本当に御自分の御子様達を良く見ておられます。(結局、それが一番大切な気がします。子育てって。)自分の息子のことを、あんまり褒めるのも恥ずかしいから、「叱ってやろう」と言ってみたり、匿名で発表される、という、奥ゆかしさに、皆様が好感を抱くのも、分かります。

 

ブコメで、あんまりにも、「良い話」って、コメント付いていたので、捻くれ者の私は、少し引っ掛かったことにこだわって、「何だとお?これが良い話ってどゆことや?」って、気分になってしまったのですね。

 

只、強調したいのは、「何かが、すごく、今すぐ、欲しい!絶対!じゃなきゃ、死んじゃう!」くらい、強烈な子供の欲動。(まあ、「どっちでも良いよー。何でも良いよー」って、やり易い子もいますが…)これに、付き合うことは、体力、気力、共々に大変消耗することであります。

 

自分が、心の底から、「よっしゃー!かなえてやろうじゃないか!」って、思えないのに、子供の怒りや、悲しみに耐えられない不安で、安易に子供の欲に応じてしまう親御さん、多い気がします。

 

人は、失うこと抜きに、今在るモノを愛し、慈しむことを学べません。悔しかったり、悲しかったりした時に、気持ちを分かち合う相手が居ることで、失敗や、喪失はトラウマになって残らず、強さになり得ます。

 

恥ずかしいと思いながらも、息子さんと、一緒に大泣きできる御家族の皆さん、実は、私も「かなり、イケてるじゃん、」と、思ってます。

ですから、私的には基本、「息子に泣くのは良い」 のです。前回の記事は、捻くれ者な私の、裏の気持ちを表現したモノ、として、「温かく」 受け取って頂ければ幸いに存じ上げます。

息子に泣くのは良いのですが…

匿名ダイアリーで、こんな記事を読みました。

https://anond.hatelabo.jp/20170727102351

 

この記事に対するブコメを読んで、あまりにも、「良い話」という感想が多かったので、びっくりしました。

 

確かに、周りを省みずに猛アピールしてた男の子が、自分の為ではなく、妹の為にプレゼントを獲得したかったのに、貰えなくて大泣きした、というのは分かり易い美談だし、子供の悔しさ、悲しさに共感する人が多いというのは分かります。

 

が、この「お話」の書き方にひっかかるものを感じてしまいました。以下、記事からの引用です。

 

「6歳の息子は物怖じしない性格でぐいぐいと最前列に出て猛アピールを続ける。

3歳の娘は場の空気に圧倒されてしまったのか、少し離れた位置で参加したい気持ちと葛藤した様子でイベントを眺めている。

息子のあまりの食いつきっぷりにパフォーマーさんも少し持て余す様子。」

観察力、表現力共に優れた、自分の子供を客観的に見ている描写である、とは思います。

が、私にとっては、「親として、自分が子供を持て余している」 ということを、舞台の上の 「パフォーマーさん」 に丸投げして (こういった、本当は自分が感じていることを他人に投げる、という心理的操作を専門用語では「投影」と言います) いる様に感じられます。

 

再び、記事からの引用です。

「一向に作品をもらえない息子だが、一生懸命アピールすれば報われるわけではないことを知る良い機会だと温かく見守っていた。

しかし息子氏、よっぽどもらいたかったのか女子向けの作品にすら小さな女児を差し置いて猛烈にアピールし始める。

いや、むしろ女子向けのほうが激しくアピールしているほどだ。

そこは流石に空気を読む必要があることを教えねばと、戻ってきたら言い聞かそうと思っていた。」

 

私には、どこが「温かく見守って」いるのか分かりません。「放置」しているの方がしっくりきます。

私は、「放置」したことに対して、親御さんを責めるつもりはありません。

子供の感情は大人に比べて、強烈です。長時間、一緒に過ごしていれば、愛する子供でも、辟易してしまうのも当然です。自分が言って聞かせてもどうにもならんし、誰かに、がつんと言ってもらって、治めてもらいたい、という気持ちにもなります。自分では制御できない者を、放っておくしかない、という気持ちになってしまうのは、暴力的になる可能性に比較すると、無害ともいえるでしょう。

「温かく見守る」というのは、失敗の可能性を認めながらも、成功する可能性に賭け、距離を置き、失敗してしまっても、「大丈夫」と思い得る状況で、初めて成立します。

「戻って来たら言い聞かせよう」 とは違います。失敗するのが分かっていて、みすみす放置しているだけだからです。決して「守って」なんかあげていないからです。

きちんと躾けなければいけない、と焦るのであれば、日常生活の中で、暴走状態になる状況を把握し、そうなりそうな時に、「暴走しそうだね」「落ち着いて」「他の子も欲しいんだから、順番を守ろうね」「今、小さい子を押したよ。あやまろうね。」等、その場で声を掛けるなり、状況から一旦身を引かせるなり、衝動を抑え、自分を落ち着かせる方法を教えてあげておくことが必要です。失敗して、悔しくて、悲しくて、大泣きしている時に、叱られるのでは、子どもに、メッセージなんて入りません。

泣いて戻ってきたら、抱きしめて、受け止めて上げる気持ちでいられてこそ、「温かく見守る」と言えます。

 

再び、引用です。

「作品をもらえた子どもたちに肩身が狭い思いをさせるのも申し訳ないと、『だらしがない!』と叱りつけようとした」

 

「肩身が狭い」のは、一体どなたでしょうか?

子供は素直です。空気もちゃんと読んでいます。「作品を貰えた子供達」が、本当に「肩身狭く」感じたら、「僕の、あげるよ」と、自然に言うはずです。

子供が素直に「欲しい」という思いを持つだけで、「肩身が狭い」と思わせているのは、大人達です。

「肩身が狭く、申し訳ない」のは、「大泣きとかどんだけだよ」と、子供や、自分を、恥ずかしく思っておられるお父様だけではないですか?

「すごく欲しかったのに貰えなくて(できなくて)、悔しい(哀しい)」と思った(幼い日の)自分を受け止め、克服できていない、ご自身を赦すことができない親御さんが、「すごく欲しい」という衝動に翻弄される子供さんを、持て余してしまうのは当然です。

子供を持て余して、どうして良いか分からない状態を、「温かく見守る」という言葉で美化し、自己欺瞞に甘えていては、子供は混乱するし、可愛そうです。という気持ちで、ブコメさせて戴きました。

 

もう一つ、ブコメを読んでいて気になったのは、パフォーマーさんに対する批判の声です。

「子供がそんなに欲しがっているんだから、あげれば良いのに。」

という御意見。

 

それは、してはいけないでしょう。

 

「欲しがる子供にはとりあえず与えて、静かにさせろ」では、あっというまに、阿鼻叫喚の無法地帯になることが、確実だからです。

 

パフォーマーさんが、そこまで猛アピールしてくる子供にプレゼントしなかった、ということは、おそらく、「何や、この押しの強いクソガキは。」と、思われたからではないでしょうか。そのことに対して、「子供相手の商売なんだから、そんな無慈悲なことをしては(思っては)可哀想」という感受性自体には、私は問題を覚えません。

大人が、応えられない、又は応えたくないからといって、子供の要求を無視しては、子供の不満はつのり、傍若無人さは、エスカレートします。

そのような時、子供だから仕方ない、といって、無法状態を放置しておかれては困ります。

アピールが過ぎる子供がいて、他の子供や、自分にとって迷惑になりそうなら、「皆、1メートル離れて、静かにしてね。手を挙げて、ちゃんと待ってる良い子には、順番で作ってあげるからね。」等、どのように、自分の「欲しい」という気持ちを表現すれば、大人を含む、他者に、「こんなに欲しがっているのだから、上げたい」という気持ちになってもられるのか、プレゼントが貰える確立が高くなるのか、集団のルールに従った上での自己表現の仕方をきちんと伝えてあげて欲しい物です。

 

只、いつも思うのは、子供って強いです。

お父様が、その瞬間、叱ることを思い留まり、妹思いの息子さんに「成長したね」と、素直に感激の念を表せるのであれば、今は自分の衝動を持て余し、周囲にウザがられても、将来、情熱的に他者を思いやれる優しい男性に成長される可能性は存分にありましょう。

 

なんて、書きましたが…実は…続きです。

息子に泣くのは...やっぱり、良いです - 精神分析のススメ

【テイラー・スウィフト】 Shake it off 不完全な自分のままで いいじゃん。

前回の、ポップな努力(どこが?って感じの仕上がりですね)

 

軽薄な精神分析 1. The Chainsmokers 大人になれない僕達 現代アメリカの若年層 ミレニアルの闇 - 精神分析のススメ

 

が水泡に帰したので、リベンジです。

ありのままの自分でいいじゃん!

という、

ポジティブメッセージの楽曲を紹介させて戴きます。

ちょっと古いのですが、

アメリカの一大ヒットメイカー、

テイラー・スイフトのシェイク・イット・オフ。

digitalcast.jp

I stay out too late
Got nothing in my brain
That's what people say, mmm-mmm
That's what people say, mmm-mmm

夜遊びしすぎて
頭の中は空っぽ
みんな そう言ってる フウーン

みんなは そう言うの フウーン


I go on too many dates
But I can't make 'em stay
At least that's what people say, mmm-mmm
That's what people say, mmm-mmm

デートばっかり 沢山しても
どれも 長続きなんか しないって。
少なくとも みんなは そう言ってる フン、フン

みんな そう言ってる フン、フン

But I keep cruising
Can't stop, won't stop moving
It's like I got this music
In my mind
Saying, "It's gonna be alright."

でも、私は マイペースで 進み続けるの
止められないし、止まるつもりもない
音楽が頭の中に流れているみたいにね
『きっと上手くいくわ』って言ってくれるの

'Cause the players gonna play, play, play, play, play
And the haters gonna hate, hate, hate, hate, hate
Baby, I'm just gonna shake, shake, shake, shake, shake
I shake it off, I shake it off

だって 遊び人たちは 遊び続けるし
憎む奴らは 何でも憎むから
ベイビー、私は身体をフリフリしてね

全部振り払っちゃうのよ 気になんてしてない

Heart-breakers gonna break, break, break, break, break
And the fakers gonna fake, fake, fake, fake, fake
Baby, I'm just gonna shake, shake, shake, shake, shake
I shake it off, I shake it off

心無い奴らは 傷つけることしか しないし
ニセモノは だまし続けるしかない
ベイビー、みんな振り払っちゃうのよ 気になんて してられないわ

I never miss a beat
I'm lightning on my feet
And that's what they don't see, mmm-mmm
that's what they don't see, mmm-mmm

一瞬だってひるまない
足取りも軽くね
みんなは それに気づかないだけ フン、フン

みんなは 見ていないだけ フン、フン

I'm dancing on my own (dancing on my own)
I make the moves up as I go (moves up as I go)
And that's what they don't know, mmm-mmm
that's what they don't know, mmm-mmm

私は一人きりで踊ってる (一人で踊るの)
その場その場で、振り付けするの (その場その場で)
みんな それを知らないだけ フン、フン
みんなは 知らないだけなのよ フン、フン
But I keep cruising
Can't stop, won't stop grooving
It's like I got this music
In my mind
Saying, "It's gonna be alright."

でも 私は 一定速度で動き続けるの
止められないし、止まるつもりもない イイ感じで
頭の中に音楽が流れてるみたいなのよ
『きっと大丈夫』って言ってくれるの


Hey, hey, hey
Just think while you've been getting down and out about the liars and the dirty, dirty cheats of the world,
You could've been getting down to this sick beat.

ちょっとちょっと!

考えてもみてよ 世の中の嘘つきや きっったないズルする奴ら、そんな奴等のせいで落ち込んだり、戦ったりしてるくらいなら
この 病みつきな ビート にのっちゃえばよかったのにって、思わない?

My ex-man brought his new girlfriend
She's like "Oh, my god!" but I'm just gonna shake.
And to the fella over there with the hella good hair
Won't you come on over, baby? We can shake, shake, shake

元カレが新しい彼女を連れて来たの
『エーー!』って感じ でもそんなの気にしていられないわ
そこらへんの 超イケてる髪の男の子に
こっち来ない、ベイビー?って声かけて 一緒にフリフリ踊るのよ

気にしないったら 気にしない

 

下の2つのサイトの訳を参考にしました。

caffe.takat33.com

【洋楽歌詞和訳】Shake It Off / Taylor Swift(テイラースウィフト) - 洋楽ハック!歌詞和訳サイト

上のサイトでも書かれているように、

この曲はテイラーが有名になって、

自分の一挙手一投足に

元カレやメディアからの

誹謗中傷が浴びせられるようになり、

うんざりしていた時期に書かれたそうです。

 

私はブログを読む時には、

読者の感想も一緒に読むのが好みなのですが、

この上の方の訳に、

正確な訳ではない、

と粗探しをして、

いちゃもんつけている匿名の書き込みがありました。

 

コメント欄を

読み進めていくと、

「そんなの、気にしない」という、

シェイクイットオフの内容に沿った展開になっていて、

おおぅ。成る程ねー

と感心しました。

 

いちゃもんつけたがる奴等は

いちゃもんつけるしかできない。

みんなの言う事なんて

「シェイクイットオフ、気にしない」

「マイペースで進もう」

ブログの世界でも大切なメッセージだと思います。

 

私はこのビデオが好きなので

もう少しお付き合い頂ければ幸いです。

 

ビデオの始まりは、

テイラーがストレッチしてる

バレリーナ達の上に首を出して

叫ぶシーンです。

 

ここで、もう、ドキッとしてしまいますね。

日本人の感性なのかなー

と、思います。

 

出る釘は打たれる。とは、よく言ったもの。

みんなが同じことしてるのに、

彼女の頭が

ひょっこり飛び出るだけで、

ゾクッとしてしまいます。

 

テイラーはガンガン歌を自作して

めっちゃ売れています。

 

正に頭角を現した人です。

 

それでも、

自分が他人と比べたら全然素人芸orz…

という分野があるわけです。

 

特に、ダンス。

マイケル・ジャクソンのせいではないでしょうか。

 

あえて、色々な分野で

トップと見なされているパフォーマーと踊り、

みんながケタ違いのレベルであることを見せ付けて、

(それなりに格好良く仕上がっていますが)

自分を笑い者にできる。

ちなみに、このビデオ作成のために、

彼女は3ヶ月(?)とかジョギングして

基礎体力をつけたそうです。

テイクの間、衣装替えの間、

ずっと息は上がってるし、汗だく。

でも、次々とその道でトップのダンサー達に混じって、

「その場その場の振り付け」を

「ひるむ間もなく 足取り軽く」

やってのけたそうです。

 

全て完璧じゃなくても大丈夫。

 

自分の素のままで、

こんなに売れて

才能があって

クルーズ(一定速度で進む)する彼女にも、

 

格好悪いこと

できないことだってある。

 

無理して合わせる必要はないの。

そのままで良いんだよ。

 

という不完全さを容認しよう、

という自己承認のメッセージを

若い子達に伝えているようで

好感度瀑上がりでした。

 

改めて思うのですが、

この曲のメッセージは、

ブログや、SNSの世界で自己主張している私達にも、

当てはまるのでは。

 

ブログは、誰でも何でも言える場所 

だからこそ、

見ず知らずの誰かから

いちゃもんつけられる場所でもあります。

 

ツイッターでフォローしている方に、

常に戦っている方がおられます。

その方にしてみれば、

「世の中の 嘘つきや、汚ったないズルする奴等を 告発」

しておられる気持ちなのでしょうが、

私にしてみれば、

「考えても見てよ」と思います。

 

その方は、創造性があるからこそ、

フォロワーさんも沢山おられるし、

中傷されるということは、

皆に注目されているのでしょう。

 

自分の立ち居地を

もっとはっきり表現されることに力を尽くし、

汚い奴等と同レベルで戦わない。

 

それができたら

きっと素敵なメッセージがもっともっと出るだろうに。

と、思います。

 

「自分の中の音楽に のって 

定速で前へ進むの 

周りなんて 気にしちゃ駄目よ 

嫌なことが あったら 

へい、そこの超イケテル子、一緒に踊ろうよ」

と、自分も他人も楽しくなるような 

自己表現出来たら良いなあ。

と、思うわけです。

 

しかし、私の頭の中の音楽って、

そんな お尻フリフリ踊れるような

楽しい音楽じゃない気が...

 

鬱々とした古臭い退屈な音楽にならないように…

精進しようと思います。

 

芸能人はとかく

他人と比較され、常に素敵で、最高で

いなければならないプレッシャーに晒されます。

それにつぶされて、

仕事が愉しめなくなる人も

ざらざらいることでしょう。

 

テイラーも、

そんなプレッシャーを振り払うために、

このビデオを作ったのだろうか…

と、想像すると、

涙ぐんでしまう私はすっかり、老人…

 

本当は、

メーガン・トレイナーのバダバダベスも

紹介しようと思って

書き始めたら長くなったので、分けました。

宜しければどうぞ。

軽薄な精神分析 3. All about that bass 太っちょでもイイじゃん - 精神分析のススメ


【ザ・チェインスモーカーズ】The Chainsmokers 大人になれない僕達 現代アメリカの若年層 ミレニアルの闇

書き掛けた記事が、あまりにも重たくて、ポップな事が書きたくなってしまいました。

と、いう訳で、サビがくせになります。アメリカで大流行の、チェーンスモーカーズの歌を2曲紹介します。

まずは、ちょっと古いのですが、クローサー。ここ1年間、お子様ラジオでそれこそ、死ぬほど聞かされました。

digitalcast.jp

歌詞を私訳しました。

[Verse 1: Andrew Taggart]
ねえ、君に会うまではうまくやってたんだよ
ちょっと飲み過ぎかな。アル中だからね。

けど、僕は大丈夫
ねぇ、友達にあえて嬉しいって言っといてよ
本当はあいつらには二度と会いたくなんかないんだけどね

[Pre-Chorus: Andrew Taggart]
君が傷みを感じてるってこと、分かってるよ
オンボロ車で都会へ出てから
4年、電話もしなかった
今日、ホテルのバーで見かけた君は可愛くって
止められないんだ
我慢なんてできない

[Chorus: Andrew Taggart]
だからベイビー、もっと近くに抱き寄せて
君のレンジローバーの後部座席で

そんな車、自分じゃ買えっこないって知ってるよ

君の肩のタトゥーを噛もう
シーツを角っこからひっぺがして
このマットレス、ボルダー(コロラド)にいた頃、君がルームメイトから拝借したやつだよ
僕達は ちっとも変わらない

 

[Post-Chorus: Andrew Taggart – Instrumental]

あの頃のまま

僕達は 何も変わらない


[Verse 2: Halsey]
あなたは、初めてあったあの時と同じね

今も素敵なまま
何で別れちゃったんだろう、正気じゃなかったのね
ここにいてよ、あのブリンク182の曲をかけて頂戴
ツーソン(アリゾナ)で死ぬほど聴きまくったやつよ

[Pre-Chorus: Halsey]
あなたが傷みを感じてるってこと、知っているわ
オンボロ車で都会へ出てから
4年、電話もしなかった
今日、ホテルのバーで見る私は綺麗でしょう
止められないわ
我慢なんてできないのよ

(下の2サイトの訳を参考にしました)

fumhum.com

【歌詞和訳】Closer / The Chainsmokers - クローサー / ザ チェインスモーカーズ : 洋楽翻訳☆お味噌味 - オリジナル歌詞和訳の妄想旅行へ

 

そして、今年1月にリリースされた、がっつり薬物依存、BPD(境界性性格障害)な内容のパリス。

digitalcast.jp

僕たちはパリにいたんだ
君の両親から逃げるために
そして思ったんだ
「ああ、今すぐこいつをヘロインに混ぜて注射できたらな
こんなの うまくいくなんて思ってもいないよ」

 

外のテラスに出て

酷いことかもしれないけど
思ったんだ
「僕が他の子と飲んだくれてるのに

君がひとりで堕ちていくのを みすみす傍観するなんて」

 

堕ちるなら 一緒に堕ちよう
みんながきっと言うよ 君は何でもできたのにって
みんながきっと言うよ 僕は賢かったって
堕ちるなら 一緒に堕ちよう
何やったって 大丈夫
見せ付けてやるんだ 僕達の方がスゴイって

 

僕たちはパリにいた
君の両親から逃げるために
君はとても誇らしげだね
タバコを吸って顔をしかめて

自撮りを沢山インターネットに上げて

 

外のテラスに出て
この小さな町の空気を吸ったよね
僕たちだけで ただスリルを求めて授業をサボった
自分たちの過去に酔って

 

僕たちはパリにいた(堕ちるなら)

 

この2つのサイトの訳を参考にしました

【歌詞和訳】Paris/the chainsmokers(ザ・チェインスモーカーズ)|sippin-on-sunshineのブログ

The Chainsmokers – Paris 歌詞を和訳してみた – SONGTREE

 

パリスには、PVが2つあって、(私的には退屈な)延々と男女が睦み合うヴァージョンから「堕ちる」のは「恋に落ちる」という解釈もありますが、下のサイトによると、

Paris by The Chainsmokers Songfacts

パリスを歌うアンドリューが、重篤な薬物依存治療中の幼馴染とFBでやりとりしながら書いた曲、ということで…最近流行りが復活しているというヘロイン依存を念頭において私訳しました。

最後にリンクを貼りましたが、(退屈な)男女の睦み合いPVは、ツイートもされたパリスの定義で始まります。

"Paris - A sentimental yearning for a reality that isn't genuine.

2: An irrecoverable condition for fantasy that evokes nostalgia or day dreams."

ウソの現実への感傷的な憧れ、思慕、追悼

白昼夢や郷愁への立ち直れない幻想

 

ということで、チェーンスモカーズのFBには、パリスがリリースされた時期にこんな記述があったそうです。

「題名のパリスは、僕達(アメリカ人)にとって、フランスのパリが、異国のロマンチックな都市として理想化されていることを踏まえた比喩で、実在する場所ではないんだ。薬物依存と戦う友達の、みんなが心配しているって分かっていながら、何もかも上手くいっている、って信じたい心理状況、逃げ場所のことなんだ。

パリスは、『楽しいことなんて何もない現実から逃げ出して、どこかで誰かと一緒にいる』っていう幻想のことを歌っているんだよ。」

 

この歌は女性のボーカルが入ることから、彼女とのどっぷりメンヘラな恋愛関係を歌っているようにも受け取られますが、アンドリューの話からは、幼馴染の闘病*1経過を、家族や友人から聞きながらも、何も知らない振りをして、

「全ては上手くいってるよ。僕は大丈夫」

という、友達の強がりに寄り添う内容の歌だった、ということになります。

相互依存のドロドロ自殺願望恋愛歌、として聴くのと、幼馴染の闘病を支える曲、として聴くのでは、趣がガラリと変わりますよね。

とはいえ、虚構に共感するのみでは、精神衛生上決して良い結果には繫がりません。お互いの最も暗い幻想を感傷的に分かち合うことで、意図せずとも、最終的な破滅への道を手を取り合って突っ走ってしまうことになりがちです。

ちなみに、アンドリュー自身も酒呑みでニューヨーク州立シラキュース大学出なのですが、歴史的にドラッグやパーティーで有名なので薬物過剰摂取や急性アルコール中毒で毎年生徒が死んでるハズ(知らんけど)。

ヘロインは(ハマる人達曰く)最初の何回かが、えも言われぬ至福感で、最高だそうです。そこからは、はっきり言って、下り坂。正に、堕ちる一方。

それでも止められないのは、その最初の至福感が忘れられなくて、それを何とかもう一回、と思ってしまうそうです。

取り戻せない理想への郷愁、感傷的な思慕、追悼、という、チェーンスモーカーズのパリスの定義そのものです。

 

クローサーにも、パリスにも共通しているのが、「自分達は何をしても赦される」 というフレーズに集約される、ミレニアルに特徴的な、いわれのない自負心(プライド)の高さと、倫理観の欠如です。

 

他人に良く思われる為には平気で嘘をつく。

友達に会えて嬉しいって言っておいてよ

本当は二度と会いたくないけど

 

自分が無力で、傷ついていることや、他者を傷つけていることを認められない脆弱なエゴ

君が(あなたが)傷みを感じてるって知ってる 

I know it hurts you 無生物主語 it  が使われており、誰が傷付けたのかが分からない言い方です。あたかも弁護士のように巧妙な言い回しに加えて、責任逃れな詞が続きます。

なんで別れちゃったんだろう 正気じゃなかったのね

 

薬物に頼り、親に頼る現実から逃避しているのに、そのことが格好良いと思っている。

君の両親から逃げるために
君はとても誇らしげだね
タバコを吸って顔をしかめて

 

親が、すごいすごいと褒めちぎって育てるので、努力もしないで、自分は何でもできると思っている。

みんながきっと言うよ 君は何でもできたのにって
みんながきっと言うよ 僕は賢かったって
堕ちるなら 一緒に堕ちよう
何やったって 大丈夫
見せ付けてやるんだ 僕達の方がスゴイって

 

そこそこ裕福に育ったので、他人の物を盗んでも、しれっと、「新しいの買えばいいじゃん。ケチ。」とばかり、罪悪感が全くない

このマットレス、ボルダーにいた頃、君がルームメイトから拝借したやつだよ

 

親に金を出してもらったのか、払えないローンを組んだのか、どちらにしても、身分不相応な車に乗る

そんな車、自分じゃ買えっこないって知ってるよ

 

責任感もなく、自分で努力して何かを成し遂げることが出来ないくせに、親の庇護の下、自信だけは満々に育った、アメリカの困ったちゃん世代、ミレニアルの内面に巣食う空虚さや、閉塞感、そこから逃れる為に、表面的な人付き合いや、刹那的な楽しみ、薬物依存で紛らさせる、若者の絶望感を徹底的にロマンチックに描く歌詞と映像だと思います。

だからこそ、多くの若者の共感を得、ヒットするんでしょうね。

みんながネットでお手軽に「自分こそはみんなよりスゴイ(楽しい)」って、見せ付けられる時代なので。

 

ちなみに、ロマンチックなパリスの解釈と(私的には退屈な)映像はこちら。

[歌詞和訳] Paris / The Chainsmokers (ザ・チェインスモーカーズ) | 洋楽の歌詞をただひたすら和訳するブログ

 

そして、ちょっと古いですが、若年層の(たしか)ヘロイン依存のこわーい映画は、

レクイエム・フォー・ドリーム

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%A4%E3%82%A8%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0-%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3/dp/B019ME0N1U

がお勧めです。

昔のことでよく覚えていないのですが、同ダーレン・アロノフスキー監督による、

パイ

https://www.amazon.co.jp/%CF%80-%E5%AD%97%E5%B9%95%E7%89%88-%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88/dp/B00G886L24/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%83%91%E3%82%A4&qid=1631978353&s=instant-video&sr=1-3

も、確か、分裂症患者の心境を垣間見ることのできる秀作だったと思います。

あれ?

ポップな記事書きたかったくせに、ずっしり重くてこわーいアメリカの若年層薬物依存の話になってしまったなあ。

うーん。何でだろう。

 

というワケで、リベンジしました。シェイク・イット・オフの、クセになるノリの良さをお楽しみ下さい。

neofreudian.hatenablog.com

*1:ヘロイン及びアルコール依存症の全快の可能性は20%以下とも言う

「人が嫌がることはしてはいけない」では何が悪い? その2.

前回

「自分が嫌と感じること」が何なのか

反芻することが

共感力向上に繫がる

という趣旨の記事を書きました。

 

neofreudian.hatenablog.com

共感の育成には

創造性と愛が必要だ

というデータを紹介するために

しつこいようですが

リベンジしてみます。(何のリベンジや

 

「何で、君そんなに小さいの?」

と、言ってお友達を泣かせてしまった

いじめっこのけい君は、

何故友達が泣いてしまったのか、

「分かんない

赤ちゃんみたいに泣く方がおかしい」

と言って、

お友達を余計に泣かせてしまいました。

 

確かに

泣いたお友達も

些細なことでめそめそして

鬱陶しさMAXで

いじめられるのも

まあ…分かる

って感じな子でした。

 

とはいえ…

あまりにも傍若無人

ふてぶてしいけい君を

放置するのはヤバイ

と思った私は、

ちょっとぽっちゃり…

というか、日本の感覚では

がっつり肥満体型のけい君に、

 

「じゃあ、君は

『なんでそんなに太ってるの?』

と言われたらどう感じる?」

 

と、聞いてみました。

 

ぶすっとして

黙り込んでしまった彼を見て

子供相手に大人気ないことを言ってしまった…

と反省する一方

けい君にもイラついていた自分的には

彼を「論破」して黙らせることができた

満悦を否定もできませんでした。

 

こんな

「意地悪」な私の対応で

けい君は共感を学ぶことはなかっただろうし

優しい気持ちにはなれなかったことでしょう。

 

共感の発達というと

印象に残った研究があります。

 

男の子達に、ママへのプレゼントを選ばせる実験でした。

 

おもちゃのトラックと、口紅をみせて、

「さあ、どっちをプレゼントしたら、ママ、喜ぶかなあ?」

というヤツで、

3歳くらいだと、ほぼトラック、

5歳くらいになると、口紅を選ぶ子もちらほら。

という結果だったように、うろ覚えております。*1

 

① 口紅を選べる

ということは

② ママは女性でお化粧するから、という…

他者視点でプレゼントを選べる

ということは…

③ 共感力ばっちり!

というアメリカ人お得意の3段論法です(ほんまか)。

 

ちなみに、口紅=共感 

という決め付けは

トラックより口紅好きなLGBTQの、

GT男児を考慮してないのでは?

というフェミな批判が

クラスメートからあったことを

一応付け加えておきます。

 

閑話休題

私がぐっときた結果は

ここからでございます。

 

3歳くらい時点での母子観察で

大きく分けて

「トラック、欲しかったんだ、嬉しい!」と

子供の気持ちを汲んだ反応をする母親Aと、

「ママは口紅欲しかったな」と

「真実」を告げる母親B

2つのグループに分かれました。

 

さて、5歳くらいになったとき

口紅を上げた子供の母親は

A、B, のどちらに

属していたでしょうか?

 

当然、

自分の要望を正直にきちんと伝えた母親B群

と思いません?

 

ところがどっこい

「トラック、嬉しい!」母親A群の子供達の方が

後々「ママの欲しい物は、一体何だろう?」と考えて

口紅を選べる子供に育った。

という、ムネアツな結果でした。

 

「プレゼントしたら、ママ、喜んでくれるぞ!」

という期待感に応えられる母親は

「じゃあ、どうしたらママはもっと喜ぶんだろう?」

と子供の「プレゼントしたい」気持ちを育み

自主的に考えられる

共感力を有する子供を育てる。

という考察でした。

 

共感力は、

「相手の(本当の)気持ち」という

「正解」を求める力ではありません。

 

自分の経験に照らし合わせ

独創的に他者の内面を考察する力

想像力の賜物なのです。

 

しつこいようですが

繰り返します。

 

喜んでくれるママだから

「もっと喜ばせたい」

と、子供は欲するのです。

この、「…したい!」がなくては、

創造性は枯渇します。

相手の欲しい「正解」を求める共感は

浅薄な付け焼刃で終わります。

 

ですから…

教育者の皆様には

「他人が嫌がることはしてはいけない」

と、上から注意する前に

子供が何を感じて

思って、考えて

「非社会的行動」に至ったのか

子供目線で

思いやりを持って接することが必要だ

と感じます。

 

「思いやり」を享受し

感じ入ることのなかった者は

「思いやり」のある人には

なり得ないからです。

 

ちなみに、私がけい君に対して、

 

「この子はきっと

心無い周囲の人間に

『何で、お前そんなに食うんや』

みたいな事を言われるんだろうなあ…」

 

という、しんみりした感情を抱けたのなら

もっと素直に「ごめんね」が言える瞬間を

がっつり捉えられたのだろう…

とは思うのですが。

そこまで人間できてませんでした。

 

ごめんね。けい君。

大人気ない、いぢわるな大人で。

世界は冷酷だって

もう充分わかってたのに

傷に塩塗られてばっかりでは

そりゃ、ふてぶてしくならないと

生き延びられないわな。

*1:キリキリ調べんかい!

と、お叱りの声が上がりそうですね。

はい。その通りで御座います。

Google様にお伺いを立ててみましたが、

該当する論文が

さっぱり上がってきません。

年齢等、アヤシイ記憶を手探りにでっち上げました。

愛着研究分野の論文だったと思います。

所詮はアヤシイ狂気専門家のブログ

と生暖かく見逃してください。

「人が嫌がることはしてはいけない」では何が悪い? その1.

しばらく前のことですが…

 

子供を相手に、

「自分がされて嫌なことは他人にもしない」

「自分がされて嬉しいことを他人にする」

という指南では、限界がある

 

という主旨のツイートがまわってきました。

 

「他人と自分は違う」という認識ができない

自己中心的で

他者を尊重できないお子様に

そんなこと言っても

「私(僕)はイヤじゃないからお友達もイヤじゃないハズ」

とゴネられて面倒くさい

という保護者、及び教育者様のお気持ちは分かります

が、

フロイトの「無意識」や

ユングの「深層心理」という概念に則るならば

 

人は自分の気持ちですら十全に分かりえないモノなのです。

 

まして他者のことなど分かるワケありません。

 

「分かりえない」他者を慮る努力とは

「分かりえない」自己を理解する努力に等しい。

 

と私は信じております。

 

心の理論、という研究が心理学ではさかんに行われています。

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96

 

上のウィキに経緯がまとめられていますが

元来「心の理論」とは、

「おサル様には

(他人ならぬ)他猿の頭の中がどうなっているのか

分かるのでしょうか?」

という考察に使われた用語でした。

 

様々な実験がなされ、白熱の議論が交わされましたが、

とりあえずは、

サルの他猿理解能力には限界があり

人には全くかなわん。

って感じで収まった筈です。*1

 

そして…この白熱の議論は、

何故か児童発達論に持ち越され*2

今度は似たような研究を人間の子供でやりましょう、

ということになります。

 

これって…

新薬の開発はとりあえず動物でやって、

安全だったら人間でレッツトライヽ(^o^)丿

という

自然科学の分野では、至極当然の流れです。

 

が…

 

まずは、動物でやってみて

それを人間に応用する

という、この…エゲツない発想

「人は放っとけば動物と一緒。だから教育しなくちゃね!」

という倫理感をもって搾取を正当化し

植民地政策をもって

世界を席巻した

「おおぅ、西欧人的発想...」

ってなります。 

 

閑話休題

 

この、「心の理論」*3

 究極西欧的発想なパラダイムで、

共感や、嘘、ひいては倫理観の発達

にもつながる重要な研究分野として長く注目されてきました。

 

かなり長いことやってて

「もうやりつくしちゃったんじゃないの?」感が

20余年前にもう既にあった気がしますが

今はどうなんでしょうね…

 

色々なバリエーションがありますが、一番単純なヤツを紹介します。

 

それでもややっこしいので、説明するの面倒です。

さくっと飛ばし読みしてください。

 

子供Aちゃん にお菓子の箱をみせる。(A:やったー!お菓子もらえるヽ(^o^)丿)

箱を開けて見せると、鉛筆が入っている。(A:え?!お菓子じゃないの?)

箱を閉めてから…

Aちゃんに、質問です。

「Bちゃんがこのお菓子の箱を見つけたよ。

Bちゃんは、箱の中には、何が入っていると思うかな?」

Aちゃんにしてみたら、

「なんじゃとぉ?

お菓子くれるんじゃなかったんかい?

くっそー。やってられるか💢」

って気分だと思うのですが…

 

カシコい大人の皆様には、

正解は、お分かりですね?

 

お菓子

 

です。

 

汚い大人に騙される屈辱を知らない

純真無垢なBちゃんは、

お菓子の箱の中には実は鉛筆が入っている

などと、知る由もありません。

 

が、小さなお子様達は

「自分は知ってるけど、Bちゃんは知らない」

ということが、イマイチ理解できません

ので、

実際に自分の目で見て確認した

箱の中に入っているモノ、

 

「鉛筆」

 

と答えてしまいます。

 

このバージョンは、比較的単純なので

大方、3-4歳くらいになると、

「正解」できます。

 

「Bちゃんは知らない」こと 

= お菓子の箱の中には鉛筆 

 

を、自分だけが知っている

ということが理解できると

 

「ホンマは鉛筆が入ってるけど、

Bちゃんは知らんから

『お菓子』言うやろ」

 

となるワケです。

 

発達心理学の大御所ピアジェは、この

 

自分が知っていること=他者も知っている

 

という乳幼児に特徴的な思考様式を

自我と他我、主観と客観を同一視する傾向とし、

「自己中心的思考」

と名付けました。

 

こんな研究を始めると、

どんな子供が早い時期に正解できるか

とか

どうしたらもっと早い時期に、正解できるようになるのか。

とか

間違える子供を如何に正解に導けるのか。

という(いらんで)ことを考えるのが

学者としての性です。

 

学生時代は

かったるスギー

と思いながら学んだ「心の理論」

とはいえ、心に残った研究が、一つだけありました。

 

Aちゃんが、回答する前に、ある質問を加えてみます。

「鉛筆を見る前は、何が入ってると思った?」

すると…

Aちゃんは

「そーいえば…

箱だけ見せられた時は

お菓子が入ってると思ってた(ムカッ)」

ことを思い出し、言語化することで、

「そっかー。そしたら、きっとBちゃんかて、

お菓子と思うわな」

と…

若年児の正解率が上がったという結果でした。

 

私的には

「もー、そんなんどーでもエエやんか」

と思ってしまう研究が山ほどある中

 

「自分」の思考を認識し、

言語化することで

他者の思考を憶測することが可能になる*4

 

というこの結果には胸がアツくなりました。

 

つまりは

 

言語化に伴う自己理解を深めることで他者理解も深まる。

 

という「データ」ではありませんかヽ(^o^)丿

 

前置きが大変長くなりましたが、ここからが本題です。

 

大人:「自分が嫌なことは他の人にやっちゃダメ」

子供:「僕(私)は全然平気。だから、他人にしてもオッケーだよね!」

 

のように

自己中心性思考に囚われた分離不全

クソガキ系屁理屈をこねる人は

お子様に限らず少なからずいらっしゃる

と常々感じます。

 

かく云う私も

クソガキ系屁理屈に囚われて

大切な人を傷つけるオトナでした。

 

自分のイタミに鈍感な人は

他者のイタミを慮れません。

 

人は傷つけられると

次は傷つかないように「防衛機能」を働かせます。

 

鋭敏な感受性が鈍麻になり

「痛い傷(嫌なこと)」が

徐々に「平気」になっていくことが

「大人」になるということでもありましょう。

 

新しい「傷」に順応するのは

健全な反応である

とも、いえましょう。

 

他者(親)の「善意」を守るためであれ

傷ついた己の脆弱な自我を守るためであれ

「本当は自分も嫌だった」

という「モヤり」を

「否定」する「防衛機能」が強固になると

他者に共感する「余裕」などなくなってしまいます。

 

自他のイタミを無視して

現状維持する方がラクだからです。

 

フロイト教授は「健全」な精神とは

愛と労働にヨロコビを見出せるモノだ

と云ってたそうです*5

 

降りかかる理不尽で不愉快な「嫌な事」を

「イタミ」を伴って感受した上で

「乗り越えられた」と感じられる

自我のしなやかさがなければ

自分は平気でも相手にとっては辛い事かもしれない

という豊かな想像力は得られない

ということだ。

と私は信じます。

 

実際に

最近の精神分析では

しなやかに狂人…じゃなくて…

強靭な自我を育成する為には、

日常的に看過する「傷」を反芻し

言語化することで

「他者(分析家)」と共有し一緒に乗り越えた

という修復的経験が繰り返される事が必要である。

 

みたいなことも云ってます。

 

「嫌なこと」を克服し

本当の意味で、そこから自由になる為にも…

 

「自分にされて嫌な云々…」

という指南をクソガキ系なお子様達に与える以前に、

この「言語化」の過程を

「大人」や「仲間」が手助けし

「寄り添う」ことが必要なのかもしれません。

 

周囲がイライラすることを

やり続ける人は

 

自分がイライラしています。

 

そして、その原因がよく分からない

ということがほとんどです。

 

子供に限らず

喧嘩は

大抵、小さなことから始まります。

 

例えば…

みいちゃんが持っているぬいぐるみを

ゆうちゃんがつっつきます。

みいちゃんが怒って

「触らないで」

と叫んでも

ゆうちゃんは、ひるみません。

 

ここで、大人が

「大切なおもちゃに触られたら、嫌でしょう?」

とゆうちゃんに言ってみたところで、

「ボクは、別に触られても平気だよ」

とか、下手すると、

「先生(ママでも良いのですが)は

『いつも仲良くしてね』

って言うのに…

ぬいぐるみ触ったくらいで怒るみいちゃんの方が悪い」

とか言われたりするので、*6

「みいちゃんは嫌だと言っているのだからやめなさい」

と言って止める方が簡単だ。

と言いたくなるのも当然でしょう。

 

「問題行動」を減らすのであれば

有無を言わさずに

ダメなモノはダメ

と禁止したり、

罰を与えるのが一番てっとり早いでしょう。

 

けれども、それでは共感できる大人は育ちません。

 

このシナリオで、

ゆうちゃんが、みいちゃんにちょっかい出すのは、

嫌がられているのを承知な上でのことです。

 

問題は、

「何で、嫌がられているのに、触りたいの?」

「何で、触ってはいけないモノを触りたいの?」

ということです。

 

自分が何をしたいのか

自分は何に嫌と感じるのか

 

気付けないまま

 

周囲をイラつかせ、

罰の恐怖がないと

暴力的な衝動を抑えられない子供達が

ウヨウヨするジャパンにならないためにも

子供達のイタミを無視することなく

「寄り添う」大人が必要だ

 

と切実に感じます。

 

ウザい出来上がり…かな?と気になったので、リベンジしました

「人が嫌がることはしてはいけない」では何が悪い? その 2. - 精神分析のススメ

*1:いや、それがどの領域でどの程度理解してるのか、どうしたらニンゲンに近い能力を獲得するのか、について白熱の議論が今なおどっかでなされてるハズですが…

*2:これも

Development recapitulates evolution「発達は進化の過程を総括する」

ってアレなんですけどね…

*3:「心の理論」ちなみに英語では、Theory of mind です。

Mind やで?「心」って…ニュアンス、ちゃうやろ…?とは思うのですが…

*4:実はこの研究結果

言語化そのものが正解率に影響するのか

記憶を掘り起こす努力が影響してるのか

解釈は微妙なトコロですが…

*5:真偽は不明ですがアイデンティティ(同一性)の概念で有名なエリクソン先生いわく。

*6:昭和のオトナは、みいちゃんの方に「そんなことで怒るな」と言う確立の方が高かった気がしますが…今はどうなっすかね

性欲オンリーなチャラ男には理性がない?

先日、こんな記事をみつけました。

 

 http://otokatsu.jp/love/cheat-reason-psychology/

 

笑わせていただきました。大変面白かったのですが、ちょっと引っかかることがあったので、書いてみます。

 

この桜庭さんという方、ヒトデさんの「何故浮気をするの?」という質問に、気持ちの良いくらい、一貫して、「ヤリたいから。」というお答えをなさっておられます。

 

「でも、そんなことしてたら皆を不幸にするのに」という主旨のヒトデさんつっこみには、「バレなきゃ誰も傷つかない。」「その時はその時。」と返答。

 

ヒトデさんは、「チャラ男はくず。ひっかからないようにしましょう。」と締めておられます。

 

至極、御尤もで御座います。

 

が、彼にはどういう訳か女性がガンガン寄って来る。それは何故?

という問題に今日は取り組んでみたいと思います。

 

この桜庭さん、自覚があるかどうかは別として、かーなーり、女性を憎んでおられます。

 

と言ってしまうと、身もふたもないので、女性に対して非常に両義的立場(求めて止まないけれど、恨み、憎んでる)におられます。とでも言っておきましょう。

 

彼が女性に求めて止まないモノは何か、と申しますと、体の関係「のみ」だと言えるでしょう。しかし、それを事前に明らかにしないで女性を誑かす彼には、もう一つの動機があります。

 

女性を拒絶すること。

女性に求められた上で拒絶できる立場に常に自分を置いておくこと。

 

だから、女性に求められる努力を精一杯にする。

 

脱がせて「騙された!」と、キレそうになっても、コトに及ぶ。

デリケートゾーンが臭くても、舐めようとする。(舐めるのは諦められたそうですが)息を止めてまでコトを達成なされる。

そこには、並大抵ではない御覚悟を感じられます。(いや、膣さえあれば、そんなの余裕!なのかもしれませんが)

 

自分がそこまで頑張って相手を悦ばせているのだから、女性が性行為に同意するのは当然。自分にとってヨクなければ一夜限りで切っても(相手を悦ばせたのだから)罪悪感なんて沸きません。

 

桜庭さんの様な方は、女性に限らず、とりあえずその場かぎりでも、他人をヨロコバせるのが得意です。というか、それだけしか考えられないし、できません。

「こんなに無責任にその場限りのことをしていては、他人が傷つく」という「近い将来」など、自分では全く意識していないこともままあります。

 

その為、浮気がバレたら大変、とか考えない、という「先のことは考えない」思考パターンが、異性に限らず、人間関係全般、行動一般に及ぶ方が多いです。

損得を勘定するのに長けており、自分の「得」になると判断した相手には無責任に都合の良い事を言い続け、それなりの信頼を得ることもできますが、状況が変われば平気で陥れたりもします。

 

長期間、真剣に付き合うと、天真爛漫な裏切りのオンパレードですが、その場限りのお付き合いですますには、それなりの気遣いをしてくれるし、一緒にいるのが楽しい、大変魅力的な人物でもありましょう。

 

理性が性欲に敗北している訳では決してありません。

彼等は(無意識的に、かもしれませんが)常に裏切りを予期し、裏切られる前に裏切る、使われる前に使う、をモットーに生きています。

 

こんな桜庭さんに、誰がした?

 

幼児期に信頼できる、頼れる大人が周囲にいなかった。ということだと思います。

 

大人を信頼できない子供はマシュマロをちょっと頑張って、今なら1個、もうちょっと頑張って、明日なら2個上げる、と言われると、迷わず、今、1個もらって帰ってしまいます。

 

明日、本当に2個貰えるという信頼感がないのに頑張るなんて、馬鹿のやることだ、という、潜在意識が、がっつりあるはずです。

 

父親が浮気をしていたのかもしれません。母親が自分勝手な愛情を注いだのかもしれません。

 

長期間に渡って、お互いを思いやる関係性など、想像もできないはずです。

 

只、こういうことを申し上げますと必ず、自分だって毒親や、壊れた家庭で育ったけど、まっとうに生きている、という反論をされる方がおられます。

 

確かに、過酷な生育歴にも関わらず、健全な生活を営んでおられる方も大勢おられます。

 

そのような方には、過酷な現実にも関わらず、明日2個貰えるマシュマロを信じる想像力があったからこそ、頑張れたのではないか、と申し上げるしか御座いません。

 

そのような逞しい想像力を有する方々には、是非とも、今、目の前にある、マシュマロに縋るしかない方々の、絶望的な気持ちを想像して頂けたら、と切に願います。

 

私にとって、桜庭さんは、性欲に勝てないコワイ男、ではありません。

 

刹那的に皆をヨロコバセることでしか、生存価値を見出せない、明日のマシュマロを信じられない切羽詰った人です。

 

こういう男に引っかからないためには、「今が楽しければ良い」「騙されたい」自分をきっちり見据えることが最も必要だと思います。

 

それにしても、ヒトデさん、

「皆さんはこういう悪い男に引っかからないようにしてください」

と、良識的に締め括っておられますが、育乳マッサージとか、デリケートゾーン石鹸のリンクがこのタイミングで入ってくると、チャラ男にディスられない為にも女性の皆さん、精進しましょうね、っていう裏メッセージなのかと勘ぐってしまいまう、疑心暗鬼な私です。